更新情報

2003年
7月13日

今日は過去ログを整理し直しました。以前は手で全てファイルし直していましたが、あまりに煩雑なので、CGIを手直ししました。これだと、いつも最新のものになります。
雨ばかりで厭なので、ヒマワリの写真を載せました。はやく夏にならないかなあ。
また突然「かみつきひとこと」のコーナーを始めました。どんなものでしょうか。ご感想をお聞かせください。

2003年
6月23日

今日は帰ってきて、ネットにつなごうとしたら、突然のストップ。どうしたのという感じで、大変焦りました。今や、一日に一度は必ずパソの前に座るのが習性となりました。
あちこちでせきらら日記見てますよと言われるので、これからもがんばらねばと思います。
しかしそれにしてもこの梅雨はなんとかならないでしょうか。
すごい湿気です。
今日、ロゴを新しいものにしました。

2003年
5月18日

15日にサーバーを移しました。前のところは突然の値上げでお金のないぼくとしては、もっと安いところを探さざるを得ませんでした。幸い、ここに引っ越せたので、ほっとしています。これからは当分ここで遊んでいたいなあ、と思っています。
どうぞこれからもよろしくお願いします。
それにしてもこの数日は寒いです。どうしたのでしょうか。

2003年
5月3日

あっという間に月日が進み、もう連休後半に入りました。今日は27度になるということです。札幌も28度になり、7月の陽気とか。この前までの寒さはどこへやらです。
昨日、表紙をさくらんぼにしました。いつの間にか、桜も散り葉桜から、やがて藤の花の季節になっています。日々、多忙ではありますが、忙中閑のゆとりが必要なようです。

2003年
4月17日

新学期が始まり、やっと授業も軌道にのってきました。今日はまた5月の陽気だったとか。24度もあったそうです。
さてこのところ表紙を何度も変えては、また元に戻してみたりして、試行錯誤が続いています。
コンセプトを決めるというのは、難しいことですね。
これがアイデンティティーの連続性ということなのかな。

2003年
4月3日

いよいよ4月。桜も今が見頃です。今日はいくつかリンクを追加しました。また写真も先日の浅草の分を掲載しました。今度はどこへ行くかなあと今、思案しています。
春休みがずっと続くといいんですけどね。
そういう訳にはいかないんだよね。

2003年
3月10日

3月の声を聞いてはや10日。あっという間に卒業式です。なんだか毎日が寒く、いつ春が来るのかそれさえも定かではありません。
それでも新しい季節の中でいい詩がつくれるといいなあと思います。夜、布団の中に入ってしばらくすると、一節が浮かんでくるのですが、すぐに眠くなって忘れてしまうのです。困ったものです。

2003年
2月16日

今日はなんとか動く表紙に挑戦しました。フラッシュなどというのは今のぼくにとっては、やや背伸びのし過ぎですが、これからも試みてみようと思います。ちょっと動きがあるだけで、随分と印象がかわるものです。
しかし難しい。こんなに高度なことをしていると、そのうち何がなんだかわからなくなりそうです。JAVAといい、フラッシュといい、パソの世界は深いですね。

2003年
2月8日

今日はいくらか暖かい日でした。明日は15度を超えると予報では言っています。次第に春が近づいているようです。今日桜のつぼみがどれくらいふくらんでいるのか、調べてみました。
まだまだです。でもちょっとふくらんでいるのもありました。
ヨルダンへ行っている知り合いが近々、戻るとのこと。向こうではイラクへの爆撃が近いとの予想だそうです。ほんの少しの票の差でアメリカは大きな決断をすることになってしまいそうです。大統領選の結果がこれほど大きくなるとは思いませんでした。

2003年
1月9日

ちょっとぼんやりしていたら、もう1月も3分の1が終わってしまいました。昨年、いろいろと表紙をかえてみましたが、今年はクリックするたびに色がかわるという趣向を付け加えました。
内容についてはこれから新しいことができるかどうか、検討してみます。
しかし1年なんてあっという間ですね。

2002年
12月28日

いよいよ年も押し詰まってきました。つい数日前に表紙をかえてみたのですが、どんなものでしょう。いろいろとやってみたいことはありまずが、技術がついていきません。
来年は少しJAVAにも取り組んでみたいと思います。
しかあくまでものんびりとが信条です。

2002年
12月16日

今日はもう師走の16日です。クリスマスデコレーションの脇には、ちょこんとお正月用品まで置かれています。
過去ログを整理して、少し見やすくしました。今度は創作なども一つのページにまとめた方がいいでしょうか。新しいコンテンツはないかと日々考えていますが、これぞというのが思いつきません。今度はラーメンか食べ放題のページでもつくりましょうかね。

2002年
11月30日

明日から12月なので、クリスマス向けの表紙にしました。ちょっとサンタさんが可愛すぎるかな。ぼくのイメージと違いますか。でもなんだかふんわりとして、この季節はいいですね。いつもサンタさんが近くにいるといいなと思います。
そういう気持ちを大切にしていくことが生きる気力につながるのではないでしょうか。
今日は過去ログも新しく直しました。この方が見やすいと思います。
どうぞご一読下さい。

2002年
11月18日

今日は過去ログⅣと日記ログを追加しました。このところ、たくさんの人が書き込みをしてくれるので、本当に掲示板が賑やかです。有り難いことだと思います。
このページももっと簡略化して、表紙の中に埋め込んではどうかなと秘かに画策しています。
みなさん、いかがなものでしょうか。
もうすぐ12月。今度はクリスマスの背景を考えなければ。
季節の移り変わりははやいものですね。

2002年
11月4日

ああだ、こうだと表紙をなおしています。女性の背景を使ったりしましたが、どうもうまくいきません。今月はどんぐりでご勘弁ください。来月になったら、クリスマスの写真にしましょう。
修学旅行から戻って以来、何度、寒いを連発したことでしょう。本当に寒いです。山はもう冬ですね。サンタクロースのシーズンも間近に迫ってきました。気ぜわしい季節の到来です。
今日、沖縄の写真をアップしました。

2002年
10月20日

今日はあちこちに出かけつつ、表紙をうろちょろとかえてみました。どうも飽き性でいけません。一カ所にどーんと落ち着いてのんびりとできないのです。困ったなあ。
しかしそれにしても急に寒くなりました。いよいよ冬仕度です。お鍋の季節です。本当に1年が過ぎるのは早いですね。
これから何を日記に書こうかな。今、悩んでます。

2002年
10月12日

ここのところ、朝晩急に寒くなりました。月日の流れははやいものです。先週ひいた風邪もなんとかなおりかけ、さあ、いよいよやるぞという気分です。
3年生は受験モード。いつの時代も試験はイヤですね。
たくさんの生徒たちが掲示板に書き込みをしてくれます。本当に嬉しいことです。

2002年
10月1日

今日から10月。台風が来るとかで、外は大雨が降っています。これから本格的なのがやってくるらしいのです。サーバーを引っ越して以来、全くストレスがなくなりました。実に快適です。
レンタルの日記や掲示板よりもすこぶる早く、調子がいいです。
文化祭も終わったことだし、これからはのんびりとやっていくことにしましょう。

2002年
9月22日

本日サーバーを引っ越しいたしました。いろいろとご迷惑をおかけします。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

2002年
9月12日

ニューヨークでの悲惨なテロからまる一年が経過しました。月日の経つのは本当にはやいものです。人はさまざまな感情を歳月の中にとじこめて生きていくものなのでしょうか。
去る者は日々に疎しといいます。この事件もいつか忘れ去られ、歴史の中に埋没していくのでしょう。人間はそのようにして、少しづつ前に向かっていかざるを得ないもののようです。
しかし悲しいことはそうそう簡単に忘れられるものではありません。
パレスチナの人もイスラエルの人もアフガニスタンや、コソボの人も皆が幸せに平和に生きるということはできないものなのでしょうか。
それが不可能だとしたら、人間はあまりにも哀しすぎます。

2002年
8月30日

表紙を全面的にかえました。秋の気配が色濃くなりつつあります。昼はまだ暑いですが、風はもう秋の色です。

2002年
8月17日

一週間、東京を去り、妻の実家へ行ってきました。地方の現状をまざまざとみながら、本当に商売の難しい時代になったことをあらためて実感しました。
昔からの商店街はどこも壊滅状態です。立ち上がるためのきっかけを探していますが、まだ何も見えていません。
バイパス沿いの大型店だけがなんとか気を吐いているという状態でしょうか。これからどうなっていくのか、さらに見守っていかなければなりません。
地方空港の問題も深刻です。

2002年
8月2日

本当に毎日暑いですね。35度などという日が連日続くと、さすがに何も考えたくなくなってきます。今日は「かみつきノート」の中で、ぼくが前回に呟いた「昔はよかった」は本当なのかを考えてみました。
いつものぼくの路線からは少し違うかもしれません。でもこれも一つの考え方です。
夕立に花火にすいかの季節がまだまだ続きます。
どうぞお身体を大切になさって下さい。

2002年
7月21日

このページを作り始めてから2度目の夏休みがやってきました。しかし今年からは週休2日制にともなって、以前と同じ休みではありません。前のような解放感がないのは、悲しいことです。社会の構造の変化といってしまえば、それまでですが、ゆとりのない時代へ突き進んでいることだけは間違いがないようです。
昔はよかったなあ。

2002年
7月7日

今日は七夕です。子供の頃は一生懸命、お願いを書いて笹につけたものでした。そんな時代が過ぎてみると、あの願いはなんだったのだろうと感慨を覚えます。
今日は朝から暑く、32度近くあったそうです。いよいよ夏なのでしょうか。
このところかみつきノートをこまめに続けています。もうネタ切れかと思うこともありますが、なんとなく日常に転がった話題を拾っていこうと考えています。肩肘張らずにやるのがコツでしょうか。

2002年
6月28日

「かみつきノート」を新しくつくりました。これは従来のエッセイでは書けなかった新しい切り口のコラムです。ちょっと味わいが違うと思います。どうぞご一読ください。今までよりもっとくだけたものも掲載していく予定です。
さてこのところ本格的な梅雨空が続き、少々まいっています。とにかく寒いのです。はやく太陽の顔がみたいものです。

2002年
6月23日

このところ実に天候が不順です。そのせいか、やや体調がすぐれなかったのですが、昨日は遙か昔からの友人と邂逅し、久しぶりに昔話をしました。
そのついでにあちこちを歩き回り、おかげさまで今日はかなり調子がいいようです。やはり人間歩くのが一番かもしれません。
ワールドカップも日本勢は負けてしまいましたが、お隣韓国の活躍は目を見張るものがあります。
赤は人間を元気にしてくれる色なのかもしれませんね。

2002年
6月8日

気分をかえるために、表紙を一新しました。今度のは背景を固定して、前面だけがうごくというものです。青と白を基調にしているので、少し涼しい感じもしますが、いかがなものでしょうか。今日はことのほか暑く、あちこちで30度を超えているという話です。
このところ、内容の更新がなかなかできないので、せめて表紙でご挨拶ということでしょうかね。

2002年
6月3日

ここのところ、ヒット数がうなぎのぼりです。どうしたのでしょう。宣伝が行き届きすぎたのでしょうか。もう少しひそひそとやらなければなりませんね。
さて今日から関容子の『歌右衛門合せ鏡』を読んでいます。名優にはやはり逸話が多いです。このところ、小さんの死をはじめとして、名人の死がひときわ目をひきます。
もう出ない人たちばかりだと思うと、残念でなりません。

2002年
5月24日

金曜日になると、なんとなくほっとします。さて先週から続いていた掲示板のトラブルがついに完全な解決をみないままになってしまいました。そこで仕方なく、過去ログという形で一つのコンテンツにまとめることにしました。半年近い掲示板の軌跡です。
時間は確実に過ぎていくものですね。

2002年
5月11日

今日は土曜日です。今年から毎週土曜日が休みということになりました。しかしいろいろなことがあってなかなか休んでもいられません。
今日は久しぶりにはやく目が覚めました。これから身の回りの整理をしたいと思います。
今日のエッセイはどうでしょうか。自立への契機を失いつつあるのが今の日本の社会だとしたら、こんなに怖いことはありません。
ところで鎌倉へ行った先週とはうってかわって、今週は寒いですね。

2002年
4月28日

連休が始まりました。当分授業がないと思うだけで、なんだか嬉しくなるのはなぜでしょう。
さて表紙をまたかえました。今度は明るい色で、鳥をアレンジしてみました。どんなものでしょうか。また今日一つエッセイを追加しました。大変に難しい、しかし根本的な問題です。

2002年
4月21日

Photo日記を追加しました。なぜか花の写真ばかりになってしまいます。自分でも不思議なのですが、つい花に目がいきます。人事に疲れているのでしょうか。どこかで癒されたいという気持ちが働いているのかもしれません。
次はぜひ人間を撮りましょう。

2002年
4月12日

いよいよ新学期が始まりました。生徒といるとだんだん元気になっていくのがよくわかります。しかし毎年、新しい生徒たちに何を伝えているのだろうかと考えると、時に忸怩たるものがあります。
そうは言っても自分の内側からしか出発できないのも事実です。
としたら、自分自身をもっと鍛えていくしかありますまい。漱石ではありませんが、「覚悟、覚悟ならないこともない」といった心境でしょうか。

2002年
4月3日

暖かい日が続いています。とうとう新しい年度に入ってしまいました。今日ちょっと気分をかえるために表紙の色を一部だけ入れ替えてみました。
ぼくの身辺も多事で、本当に忙しい毎日です。
街を歩いていると、まだどことなく着なれないスーツを身につけた若者たちが、元気に闊歩しています。季節は確実に巡っているのです。
自分自身でいるということの難しさを最近しみじみと感じるようになりました。

2002年
3月23日

桜の花に浮かれて、Photo日記を追加しました。桜は人の心を乱す不思議な花です。桜、吹雪、心中と三つが揃えば、いくつかの名作が浮かんできます。当分散らないでほしいと思うのはぼくだけでしょうか。

2002年
3月17日

桜が咲き始めました。例年より一週間もはやいのだとか。地球はこれからどうなっていくのでしょうか。さてぼくもこのところ身辺多事です。本当にいろいろなことがあります。しかし一つ一つをクリアしていくことでしか、今を生き抜くことはできないでしょう。
今日は幸せとは何かを考えてみました。「山のあなた」にあった幸せをぼくたちは自分の手にしっかり掴まなければなりません。
人として生まれたからには、皆が幸せになる権利をもっているのです。しかし現実は厳しいものです。故郷に帰るアフガンの子供たちが一番最初に学ばなければならないことは地雷の見分け方だそうです。

2002年
3月2日

沈丁花の花が春の香りを運んできます。むせかえるようなこの香りには、春のやるせなさが潜んでいます。このところ少し中だるみ状態ですが、また新しいコンテンツ作成に向けて頑張っていきます。どうぞ応援してください。
自分だけの世界にこもってしまわないよう、広さと深さを常に意識して、書き込んでいこうと思います。明日、弟がニューヨークから久しぶりに戻ってきます。

2002年
2月23日

お約束のPhoto日記を追加しました。時々どこかへ行ったら写真をとり、感想を書きます。デジタルの時代ですからね。今日も本当にあたたかい日でした。もうすぐ本当の春です。

2002年
2月17日

月日の過ぎるのがはやく、それになんとか追いつこうと努力しています。梅の花が咲き、今は受験シーズンの真っ盛りです。クラスの中で浪人した生徒の顔を思い浮かべては、そろそろ合格の知らせがほしいなと考えています。
早く春がこないものでしょうか。まだまだ寒いですね。

2002年
2月3日

今日は節分です。まもなく暖かい春がやってきます。しかしそれにしては先刻から雪が降っています。いったいどうしたのでしょうか。本当の春が来るまでにはまだまだ月日がかかりますね。
さて我が家にもやっとブロードバンドがやってきました。ああだこうだと実に3ヶ月かかりました。これだけで小説が書けるでしょとは妻の弁です。
明日、娘が韓国から戻ります。さてどんな話がきけますやら。

2002年
1月25日

毎日寒い日が続いています。このところ忙しくて、十分に更新ができません。本当に残念です。明日は時間がとれそうなので、「才能」についてのエッセイを書く予定にしています。さて先日ついにデジカメを手に入れました。これで、ぼくのページにもまた新しいコンテンツが増えそうです。
今度は街角ウォッチングでもしたいなと考えています。時々にぼくが面白いと感じたものを載せていきますので、それも楽しみにしてください。
また先日ADSLを入れましたが、不調なのでキャンセルし、今度はケーブルテレビとなります。ぼくの家はあちこちに電話線が張りめぐらされているために、信号が減衰してしまうのだそうです。大袈裟なことを言わせてもらえるなら、人生いたるところに落とし穴ありということですかね。

2002年
1月13日

昨日は馬頭琴の演奏会に行ってきました。この楽器はほとんど日本で演奏されることがありません。モンゴルの大草原にふさわしい、実に哀愁に満ちた音です。チェロの母だといえばわかりやすいでしょうか。やさしい音色で、豊かなモンゴルの自然が表現されます。
また機会があったら聞いてみたいです。心穏やかな時間を持つことができました。
今日は午前中、「JSA」を見ました。これは昨年韓国で大ヒットした38度線を守る両国の警備兵の話です。厳しい現実の中にさらされている彼らの友情が、結局は国の体制に呑み込まれていくという悲劇をみごとに描いています。しかし北朝鮮に対しての穏やかな視線は、韓国という国の持つ一種の落ち着きすら感じさせます。

2002年
1月7日

表紙を新しくしました。新年はシンプルにというコンセプトはどんなものでしょうか。
今日はもう七草です。昔なら、ここでお粥をいただくところです。せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざとすらすら口をついて出てくるのは、独特なリズムのためです。日本語をもっと大切にして、今年は生きていきたいものです。

2001年
12月30日

いよいよ2001年も終わりに近づきました。今年の3月から始めたこのページにも多くの人が訪ねてくれました。心から感謝いたします。
さて来年はどのような年になるのでしょうか。駿馬のようにみごとな飛躍を心から望みたいところです。もちろんそのための努力はしなければなりませんけれど。
謹んで皆様のご多幸をお祈り申し上げます。よいお年を。

2001年
12月21日

今日はとうとう雪が降りました。朝から暗い空で、天気予報でもきっと今日は降りますと太鼓判を押していたのです。もうすぐクリスマスです。今も静かに降り続いています。
このところ今年2度目の風邪をひいてしまい、あまり体調がよくありません。しかしやっと冬休みです。長い長い2学期でした。ところでこのところ今年卒業した浪人中の生徒が次々と調査書をとりにきます。もういよいよ試験の季節になりました。1年の過ぎるのが本当に早いです。

2001年
12月9日

このところ随分寒くなってきました。山はもう雪です。本格的な冬の到来ですね。
ところでつい先日我が家のパソコンに最新型のウィルスが侵入し、昨日はその退治に半日を使ってしまいました。次々と登録されているメールアドレスに送りつけるというすごい強力なやつです。トロイの木馬型というのだそうですが、よくこんなものを考える人がいるものです。
ちょっとウィルスの数を調べたら3万以上も現在登録されていました。全く暇な人がいるもんですね。
皆さんも十分にお気をつけください。添付メールを開くときはくれぐれもご用心を。

2001年
11月24日

昨日は合唱を聴いてきました。美しい響きは天上の声にも聞こえます。音楽はやはりいいです。至福の時です。
11月ももうすぐ終わりに近づいています。あと1月を残すのみです。
今年は何をしたのでしょう。よく馬齢を重ねるという表現を使いますが、あれこそが今の実感に近いです。ところで新しい表紙にしたら、なぜか暖かい日が続いています。地球はこのまま温暖化し続けていくのでしょうか。

2001年
11月14日

表紙を今日新しくしてみました。ちょっと最初のイメージと違ってしまいました。どんなものでしょうか。ここのところ身体の調子が悪くて、なかなか元の通りにはなれません。しかしこれからも頑張っていきたいと思います。ご支援ください。よろしくお願い致します。

2001年
11月4日

先週、少し喉が痛いと思っていたら、翌日から本格的な風邪をひいてしまいました。仕事を2日間休み、その前後も寝たり起きたり、全くさんざんな一週間でした。本当に風邪をひくのはひさしぶりのことです。
これからはあまり無理をせず、マイぺースでやっていかなければと思っています。
さて現在新しい表紙を作っています。12月になったら更新します。お楽しみに。

2001年
10月28日

もう少しで10月も終わりです。いろいろなことのあった月でした。映画も数本見ました。今日見た「ペイ・フォワード」という作品も色々なことを考えさせてくれました。1人が3人に次々と善行を施していった時、世界はどう変わっていくかというストーリーです。その実践者であった少年は最後に校内でのふとしたトラブルに巻き込まれ死んでしまいます。母に愛情を降り注いでくれる人を見つけた後にです。
死は全ての想像力を奪います。結末を死で終わらせる創作法はある意味で巧妙なのかもしれません。しかしそれも一つの確かな終わり方であることに違いはないのです。確かに人間には乗り越えられない何かがそこにはあるのですから。
アフガンへの空爆も終わりません。最近では誤爆のニュースさえ流れてきます。炭疽菌の話題も途切れることはありません。世界はどこへ向かうのでしょうか。かつてサルトルは「出口なし」という戯曲を書きました。
今彼が生きていたら、どのような芝居を書くのでしょうか。出口がないことを声高に叫ぶにも気力が必要です。こんな時は音楽を聴く以外にないのかもしれません。それは時に恩寵ともなりうるからです。
今、ぼくはシューベルトの「未完成」を聴きながらこれを書いています。すばらしい音楽の響きはやはり神の意志そのものです。

2001年
10月22日

このところ朝晩の冷え込みが急に厳しくなってきました。秋色は濃く、各地から紅葉の便りも届いています。さて数日にわたり、エッセイを幾つかと一冊の本を追加してみました。どうぞご一読ください。
とくにディレクターの使命ということを考える機会を持ったのは、娘が研究会などでお世話になっていたあるテレビ局の方が47才という若さで急死なさったからです。おそらく仕事のストレスなどをたくさん抱えていたのだろうと推察します。
人の一生はあまりにもあっけなくはかないものです。突然彼岸に旅立つ人がいると、あらためてその感を強くしてしまいます。
ところで今日、お世話になっている歌人の方から、最新の歌集をいただきました。父親を見守る娘の心境があふれています。老いて痴呆状態の父と向かいあう娘の言葉は届くことがあるのでしょうか。いずれも激しい歌ばかりです。

2001年
10月14日

北海道を旅してきました。修学旅行の付き添いです。富良野や阿寒湖、然別湖、摩周湖などを抜け、知床半島を北へ、網走まで行きました。紅葉の真っ盛りで大変美しい風景が展開されていました。
しかし自然は厳しいものです。5度しかない外気の中に3時間もいると、火の有り難さが実によくわかります。1月になると流氷がオホーツクの海へ流れ着きます。長い冬の訪れです。

2001年
10月2日

怒濤のような2週間が終わり、文化祭、体育祭とも成功裡に幕を閉じました。毎年のことですが、生徒のパワー、潜在能力の高さには驚かされます。若い生徒といることで、自分がエネルギーをもらっているのがとてもよくわかります。
後夜祭の花火は雨の中でした。とてもきれいで思い出に残るものとなりました。打ち上げるかどうか悩んだ末の結論でした。やっぱりあれでよかったと思います。
昨日は一人の噺家の死を知り、いまでもショックが続いています。芸はその人だけのものではありません。必ず後に続く人がいるはずです。そのことを今は信じたいのです。

2001年
9月24日

このところ、毎日のようにエッセイを書いています。アメリカへのテロにからんで、もう少しイスラム関係の本を読んでいくつもりです。
また一昨日のNHKのドキュメントはあまりにも衝撃的でした。かつて行ったことがある地域なので、それだけ親近感もあります。あの当時周辺の国は全て内戦状態でした。状況は現在も変わりありません。平和を唱えるのは簡単ですが、野望は幾重にも輻輳しています。

2001年
9月14日

世界中の人々は2001年9月11日という日を記憶しておく必要があります。アメリカは未だかつてないテロの標的にされました。今後どのような報復攻撃をしていくのか、現在のところ想像することができません。
株価が下がり、世界同時不況も危惧されます。新世紀が目の前で汚されていくのをみるのは本当につらいです。

2001年
9月10日

月日のたつのは本当にはやいものです。つい先日9月になったと思っていたら、もう10日間も過ぎてしまいました。「少年老いやすく学成り難し」とはよくいったものです。
さて台風15号がこれから関東にもやってくるようです。すごい湿気です。
エッセイを幾つか書きました。あまり長くなってしまったので、エッセイⅢということにしました。引き続きお読みいただければ幸いです。

2001年
9月2日

一度表紙を作ったのですが、どうも気に入らないので、今日全面的に新しくしました。この方が、秋のイメージにあっているかもしれません。いずれにせよ、羊頭狗肉にならないよう、内容を充実させていきたいと思います。
これからもご支援ください。

2001年
8月28日

表紙を全面的に新しくしました。題して「初秋版」です。今後も少しづつ手直ししていきたいと考えています。文字の大きさがだんだん小さくなっています。なぜでしょう。本文も小さい方がいいでしょうか。
さて今日は鎌倉のことをエッセイにしてみました。秋になるとなぜか鎌倉へ行きたくなるのです。季節は正直です。風が涼やかになってきました。
いよいよ学校が始まります。

2001年
8月21日

今日は台風が来るとのことです。それでなんとなく向田邦子のことを思いだしてしまいました。エッセイにしましたので、読んでみてください。
ところで一週間ほど、妻の実家へ行って感じたことがありました。それは昔からよく言われる「訛りは国の通行手形」ということです。
巨大なハイパーマーケットが田圃の真ん中に突然出現し、東京近郊の風景がそこには現出されます。はやりの店が次々とテナントとして入り、今どこをあるいているのか、錯覚を感じるほどでした。
しかしいくら文化の均一化が図られても、唯一その地方を示すものがありました。方言がそれです。これを失ったら、なにもかもがミニ東京になってしまいます。今回の旅で最も豊かなものは言葉でした。これを大切にしなければ、地域のアイデンティティーは確実に失われます。

2001年
8月11日

『夢の後に』『木洩れ日のように』という短編を追加しました。これはどこにでもありそうな日常をテーマにしています。小説はもともと小さな話の寄せ集めです。そこにほんの少しだけリアリティがあれば、十分に存在しうると考えます。
逆にいえば、どれだけの本当らしさがあるのかということだけが、生命線になるのです。難しいことではありますが、これからもその細い糸を探していこうと思います。

2001年
8月6日

『ソナチネ』という小説を追加しました。一人の女性の心模様を描いた作品です。家族というのは愛憎半ばする不思議な存在です。
ここのところ毎日パソコンに向かっています。言葉を紡ぎ出す作業は不思議と心楽しいものです。今雨が降っています。地面をたたく音を久しぶりに聞きました。

2001年
8月5日

短編を追加しました。人生にはこんなことがあるのではないでしょうか。
短いものは難しいですが、それだけに書くときの緊張感があります。今日は少し涼しいようです。でも暑い夏はまだまだ続きますね。

2001年
8月3日

今日は短編をまとめました。パラオへ行った時のイメージを少し使いました。もともと長いものだったのですが、あっちこっちを切り取ったのです。どこへ進んで行くストーリーなのか、ぼくにもよくわかりません。また一冊の本も追加しておきました。今の安藤さんからは想像できないお転婆ぶりだったことがよくわかります。さらに中国旅行の話も旅行記に少しだけまとめておきました。
ところで昨日はNHK音楽コンクールを聞きにいってきました。コーラスの響きは本当に正直です。最後の和音がしんと静まりかえった場内にひろがるときの美しさは、なんともいえません。
何人か知っている顔に会いました。とても懐かしかったです。歌はやっぱりいいですね。

2001年
8月1日

今日から8月です。あっという間に月日が過ぎていきます。また暑くなってきました。さて今日は創作Ⅷを手直しして、なんとか発表できる形にしました。コンピュータが一方の主役ですが、やはり主人公サトミの持つ力に多くを負っています。
ぼくの中にこういう資質があるのでしょうか。書いている自分にもよくわかりません。『アゲイン』の続編的要素があるような気もします。しかしご感想は皆さんに委ねたいと思います。

2001年
7月30日

先週は幾つかの研修会に出席し、実りの多い一週間でした。ニューヨークで授業をしたという先生方に多くお目にかかり、大変啓発されました。その授業の様子はNHKの「教育トゥデイ」でもこの5月に放映されたそうです。ぼくは会場で見せてもらいましたが、この夏、再放送の予定もあると聞きました。
シンポジウムに出ていて日米の文化の違いをひしひしと感じました。日本人は本当にかわることを望んでいるのでしょうか。大きな疑問がまた残ってしまいました。

2001年
7月22日

国際協力事業団(JICA)八王子研修所のセミナーへ行ってきました。一泊二日で多くの研修員の方と親しくお話をすることができました。なかでもガーナとザンビアから来ている人といろいろな情報を交換することができ楽しかったです。。
また八王子市内の小学校の先生が最近の学校の様子を聞かせてくれました。特に高学年の生徒の荒れは目にあまるようです。実情を知って大変驚きました。
さて今日は以前書いたものを加筆して創作Ⅶとしました。ご一読ください。誰もが直面する死の匂いが強い作品です。今年の夏はまた違う傾向の作品に挑戦したいと思います。

2001年
7月20日

今日から夏休みです。とってもうれしいです。やっぱりこれがないと教師になった理由の大半が消えてしまうのではないでしょうか。
また明日から一泊でJICAの研修所へ行ってきます。いろいろな研修員の方にあって新しい情報を得てきたいです。
開発途上国からきた人たちは新しい技術や知識に熱心で、よく聞く耳をもっています。彼らから学ぶことがいくらでもあります。
今日、以前書いた小説を推敲していました。近いうちにアップできると思います。また一冊の本には今までと全く毛色の違う新宿鮫シリーズを取り上げてみました。

2001年
7月15日

以前書いたものを大幅に加筆訂正した小説を、創作Ⅵとしました。40代の大学講師の日常を描いたものです。ご感想などお寄せ下さい。夏休みに全く新しい別の作品(短編など)を書きたいと思っています。
さて、このところ掲示板の調子がとても悪く、書き込めないことが重なっています。サーバーがパンクしてしまっているようです。そこで予備の掲示板をつくりました。掲示板Ⅰでだめなときは、掲示板Ⅱにお書き下さい。よろしくお願いいたします。

2001年
7月14日

連日35度を超える日が続いています。今年はいったいどうしたのでしょうか。今週とうとう梅雨があけてしまいました。今日はこの暑さの中、上野の文化会館まで行ってきました。オペラを見にいったのです。二期会によるヴェルディ作「ファルスタッフ」です。80才の時の作品だというから驚いてしまいます。
前任校でぼくのクラスだった女生徒が二期会から正式にデビューしたのです。どうしても見たくて行ってきたというわけです。すばらしいソプラノでした。高音の美しさは他の人と比べものになりません。ただ美しいというのではなく、引き込まれていく澄んだ響きなのです。
一番最初の公演から随分月日がたちました。ますます成長し、世界に向けて発信してくれることを今はただ祈りたいです。

2001年
7月8日

梅雨前線がまだ残っているというものの、事実上の夏がやってきました。ビールのおいしい季節です。日本に住んでいると不思議なくらい、季節に敏感になります。歳時記の豊かさには日本人の言葉に対する感性をみてとることができます。
ところで昨日は七夕でした。一年に一度の逢瀬はうまくいったのでしょうか。ちなみにぼくははじめてサッカーの公式戦を東京スタジアムで見て、こんなに日本人はサッカーが好きだったのかと改めて認識しました。野球狂の人たちには心穏やかでない夏です。

2001年
7月1日

今日はこの夏一番の暑さでした。日中は36.7度になったそうです。本当に暑い夏がやってくるのです。そこでという訳でもありませんが、今日表紙を新しくしました。題して夏版です。ちょっと涼しそうに見えればいいなと思って、つくりました。BGMもあったほうがいいでしょうか。当分静かにしていたいのですが。
昨日は卒業式以来、はじめてのクラス会でした。みんな少しづつ成長しているのがよくわかります。素晴らしい若人たちに輝かしい未来あらんことを!今はただそう祈りたい気持でいっぱいです。

2001年
6月23日

毎日暑いのか寒いのかわからないような天気が続いています。モンスーン地域特有の湿気が漂っています。しかし気分はそれほど悪くはありません。もう少しで夏休みだからです。今年は何をしようかと考えている今頃がひょっとすると一番幸せなのかもしれません。
今年の夏はもっと黒くなります。それと反比例するように心の中はもっと白くクリーンになるといいのですけれど……。今日は賛美歌をおもいっきり歌いたい気分です。

2001年
6月14日

梅雨に入って、毎日鬱陶しい天気が続いています。今日も一日雨でした。職場の方では合唱コンクールがあり、裏方をつとめたぼくは、やっとこれで大きな仕事から解放されました。さて今日は映画のことを書いてみました。もっと書きたいことはいろいろありますが、また次の機会に譲るとしましょう。
今回のエッセイから新しくⅢとします。また内容の豊かなものとなるよう努力したいと思います。ご一読ください。

2001年
6月7日

本当に月日のたつのははやいものです。このところずっと2日に1篇のペースでエッセイを書いています。毎日何を考えているのか自分で検証するためにも意味ある作業だと感じます。これからも今のペースを崩さずにやっていきたいです。
明日から、山中湖へ行きます。ベトナムの先生方と2泊3日でディスカッションをしてきます。その時のことはまた後日まとめたいです。3日ほど更新ができませんのでご了承ください。

2001年
5月31日

今日でとうとう5月も終わりです。エッセイを書きながら、時々時間をさかのぼっています。日々の営みはそれなりに意味を持っているのでしょうが、それが積み重なった時はまた違った表情をみせるようです。今後このホームページをどのような方向に進めていけばいいのか考えなくてはいけません。
エッセイを書きながら、自分はこんなことを考えていたのかと、驚きながら再確認をしています。今後、日本や中国の古典、自然科学などにも自然と食指が伸びていけばいいなと感じています。現代を描く創作を試みたいです。しかし当分は自然体でいくつもりです。よろしくお願いいたします。

2001年
5月25日

このところほぼ毎日エッセイを書いています。内容はあちこちに飛びますが、自分の関心事だけにどうしても集中してしまいがちです。広く浅くがいいのか、狭く深くがいいのか、悩むところです。今日は詩人への旅を追加しました。あと一篇でとりあえず一年の連載分は終わります。その後、どうするかはまだ決めていません。
あと、以前書いていた詩を少しまとめました。当分はのんきに今のぺースでやっていこうと思います。ご感想などありましたら、掲示板にお書きいただければ幸いです。なお、このホームページが無事、ヤフーに登録されました。ご報告しておきます。

2001年
5月20日

最相葉月さんの新刊からイメージをひろげ、エッセイを書きました。またここ数日五月病のことに触れて、ぼく自身の大学時代のことをまとめました。その後のことはまた書く機会があると思います。昨日少しだけベトナム語の講義を受けました。今度ベトナムの先生方と寝食をともにして、語り合うことになりました。
今日からダイヤモンド社『ベトナムは今』(丸紅広報部)と長征社『トランの国、ベトナム22年目の夏』(斉藤亨)三修社『ベトナム 工業化、近代化と人々の暮らし』(中野亜里)を読み始めます。いずれ、エッセイに印象などを書きたいと考えています。

2001年
5月13日

エッセイがかなり増えましたので、ひとまずここまでをエッセイⅠということにしました。明日からの分はエッセイⅡにまとめていきます。表紙の背景をかえました。最初の頃と比べてみると、随分おとなしくなっているような気がします。それだけスタイルも落ち着いてきたということでしょうか。
読んでくださる方がいる限り、書き続けたいと思います。エッセイの領域をひろげていくため、さらに勉強を続けていかなければと感じます。これからもご意見などありましたら、掲示板などにお書きいただければ幸いです。

2001年
5月9日

エッセイを2日に一篇の割合で追加しています。どうしても文系の内容に偏りがちなので、今日は遺伝子の問題について考えてみました。やはりぼくにとっては難しい主題です。アメリカはある意味で合理主義の国です。いいと思ったことはなんでもやります。その結果として、代理母、遺伝子組み換え食品、クローン人間、臓器移植などさまざまな問題がおこります。
全て神の領域であると言い切れない時代がやってきてしまいました。

2001年
5月3日

今日は「詩人への旅」を追加しました。新美南吉、金子光晴は今でもごく熱心な読者を持ってます。また昨日はエッセイを書きました。道草はやはり大切なものです。これからも道草至上主義を貫いていきたいと思います。
ところで同名の小説、夏目漱石の『道草』は彼の自伝といっていいものです。この作品には彼の出生にまつわる暗い側面がよく出ています。養子に出された塩原の家から、金をせびられる様子は、『坊っちゃん』の世界とは全く異質なものです。彼についてはいずれどこかでふれたいと考えています。

2001年
4月30日

少し時間にゆとりがあったので、年齢が40歳ぐらいのイメージで、創作Ⅴをまとめました。これも以前に書いたものですが、かなり手をいれました。また昨日から犬と猫のことが気になって仕方がなかったのでそのエッセイと一冊の本を加えました。
英語に関する本はいろいろありますが、前のサイマル・インターナショナル社長、村松増美さんの本は、彼が同時通訳の草分けであるだけに説得力があります。『私も英語が話せなかった』や『だから英語は面白い』などです。またラジオ番組「やさしいビジネス英語」でおなじみ、杉田敏のインタビューで構成された『英語の達人』や松本道弘の英語に関する本も大変参考になります。

2001年
4月28日

表紙のデザインを一部変えました。時々気分で変えていきたいと思っています。また今日は詩を追加しました。小説も以前書いたものを再検討して、今日まとめなおしてみました。創作Ⅳです。少し時間が前に戻った印象があって古いと感じるかもしれませんが、ご一読ください。
子供の時間軸に戻してみたらどうなるかと思い、試みたものです。また昨日フジテレビで放送された中国からの留学生のルポを見て、あらためて国家ということについて考えました。エッセイにしましたので読んでみてください。

2001年
4月26日

詩をいくつかまとめました。大変難しいです。今週中にもう少し書きたいと思います。現代詩が抱えている問題は、まさに書いている人間しか読まないという点です。この世界は今や完全な自家中毒に陥っています。しかしそこから抜け出るのは至難です。
また現在、一冊の本を精力的に増やしています。あまり古いものばかりにならないように気をつけてはいますが、いいものはやはりいいのです。ぼくの感性だけで選択していきます。このスタンスはこれからもかえたくありません。さらに今日は挨拶についてのエッセイを一つ追加しました。ご一読ください。

2001年
4月22日

小説を追加しました。創作Ⅲです。大学生を主人公にしたものです。友人をバイク事故で失った青年の生き方を考えてみました。ご一読ください。この作品は以前「海燕新人文学賞」の最終選考に残ったものです。海燕は斬新な感覚で編集された文学雑誌でした。しかしベネッセはその後しばらくして廃刊しました。
吉本ばななや、小川洋子がこの賞から出ました。作品は一部手直ししてあります。今日はエッセイを一つ追加しました。一冊の本の方も文学だけでなく、政治的なものにも踏み込みました。しかしあくまでも軸足は自分の感性に委ねようと思っています。

2001年
4月18日

このところ、時間をみつけて、一冊の本とエッセイを書いています。好きな本はたくさんありますが、厳選しなければきりがありません。昨年読んだナチ戦犯に関する『朗読者』という小説、あるいは小林信彦の『おかしな男・渥美清』も記憶に新しいです。彼には『日本の喜劇人』という名著があります。
さて今週はフェレンク・マテの『トスカーナの丘』という本を読んでいます。ちなみにこの本の翻訳をしたのは昨年までぼくの隣に座っていた方のご主人です。近々、ギリシャでエーゲ海クルーズをしたときのことを元にした短編を書きたいと考えています。ご期待ください。

2001年
4月14日

エッセイと一冊の本を追加しました。しばらく仕事の関係で忙しかったのですが、やっと少し自分の時間がもてました。今日、ヤフーに登録申請をしました。さてどのような結果になるのでしょうか。

2001年
4月8日

創作Ⅱを追加しました。創作Ⅰとは全く印象の違う作品です。読んでみてください。神経症にかかっている主人公の設定はやや似てはいますが、味わいは異なると思います。

2001年
4月5日

新しくエッセイと詩を2つ追加しました。さらに一冊の本を追加。さらに詩人への旅というコーナーも追加しました。これはかつてJTB発行の「旅」に一年間連載したものです。以後続けて掲載していきます。旅行記に今回のタイ旅行で感じたことをまとめてみました。
ついでに表紙のデザインも少しかえ、短編の連作も始めました。

2001年
3月28日

今日はエッセイ、一冊の本を追加しました。表紙にオルゴールの音をつけてみましたが、なんとなく気になるので、再びはずしてしまいました。そろそろ短編を一つ書きたいと思います。旅行に出かけますので、戻ってきましたら、更新します。

2001年
3月26日

表紙を軽いイラストにしました。ほとんどのページはテキストだけです。旅行記のコーナーを今日作りました。アフリカのザンビアとマレーシアへ行った時のものです。あと、一冊の本の内容とエッセイを新しく2つ書きました。
昨年、中国へ行った時のものは後にします。

2001年
3月22日
ホームページをやっと作り始めました。とにかく大変です。しかしなかなか面白く、奥が深いと感じました。とりあえず創作Ⅰと詩とエッセイをまとめました。エッセイ以外は以前に書いたものです。
これから新しいものに挑戦していきます。ご期待下さい。

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