評論

2001-08-04(土)

海の死 三島由紀夫論

海には死の匂いがある。潮風と光と、そしてできれば夏の太陽が欲しい。アルベール・カミュが描いた『異邦人』の主人公、ムルソーは文字通り、死と太陽の具現者である。海を取り扱った小説に必ず死の匂いがするのは何故だろう。「死」、「夏」、「海」というテーマはあまりに読者に強烈すぎる。その放つ香りに読者は目まいすら起こしてしまう。
ところで、小説家、三島由紀夫にとって海とは何であったのだろうか。

『仮面の告白』にも海は登場する。

夏の午さがりの太陽が海のおもてに間断なく平手打ちを与えていた。湾全体が一つの巨大な眩牽であった。沖にはあの夏の雲が、雄偉な・悲しめる・予言者めいた姿を、半ば海に浸して黙々と佇んでいた。雲の筋肉は雪花石膏のやうに蒼白であった。

主人公はこの直後海との不思議な一体感に蠱惑され、自涜の行為に導かれてしまう。やはり海は孤独を呼ぶのだろうか。強烈な太陽が不思議に自己と他との垣根を払い去ってしまう。そこに形容しがたい「ふしぎな悲しさ」と「空白」をも秘めて……。
この小説ではそれほど死が声高に語られている訳ではない。だが、微弱な電流も時として、その人間の主調底音となりうる。また一方には、もっと「健康な」海もある。古典的な陽光と風に満ちた明るい昼の海もある。

『潮騒』。
多くを語る必要はないだろう。ギリシャ滞在中に啓示を受け、「健康な」太陽の下にある海を描こうとした。三島は帰国すると、その昂奮の余勢を駆って一気にこの作品を書き上げたという。『ダフニスとクロエー』をモデルとし、伊勢湾口に存在する歌島を架空の美の島とした。

歌島は人口千四百、周囲一里に充たない小島である。(中略)まだ松のみどりは浅いが、岸にちかい海面は、春の海藻の丹のいろに染ってゐる。西北の季節風が、津の口からたえず吹きつけてゐるので、ここの眺めをたのしむには寒い。

古典的な文体の中に初江と新治が踊る。しかし、この主人公は孤独ではない。むしろ痴愚としか見えないほど幼く若い。ここには『仮面の告白』に出てくるような死の匂いなど見えはしないのである。三島由紀夫はギリシャ熱が醒めるにしたがって、後年この作品を評価しなくなったという。しかし、それに反して社会的には大いに受け入れられた。人々は死の匂いよりも太陽の光と風と潮の音に心をうばわれたからである。なるほど、どの文章もギリシャ的だ。

その日の漁の果てるころ、水平線上の夕雲の前を走る一艇の白い貨物船の影を、若者はふしぎを感動をもって見た。世界が今まで考へもしなかった大きな広がりを以てそのかなたから迫ってくる。この未知の世界の印象は遠雷のやうに、遠く轟いて来てまた消え去った。

アポロン神によって祝福された世界の中に三島由紀夫はひたりきろうとしている。しかし、埋没できない悲しみはやがて年を追うごとに表面に浮き出てくる。
やがて、三島は『真夏の死』を書く。『私の遍歴時代』の中で、「自分の仕事の一時期が完全に終わって、次の時期がはじまるのを私は感じてゐた」とも語っている。ギリシャの自然から、ついに脱皮しようとする三島にとって、海はやはり死の匂いのする、もう一つの故郷でなければならなかった。エーゲ海のきらめきを脳裡に浮かべながら、それとの訣別を意識している。
夏と海と死。なんと魅力的なテーマだろう。三島は陽光の中で潮の音に抱かれながら死ぬべき自己の姿を想い描いていたと言えなくもない。
三島の死にあたって母の倭文重はこう語った。

息子がしたかったことをしたのはこれが初めてです。

海の死と現実の死は三島の中でどのように解きほぐされていったのだろう。『潮騒』の明るさと『真夏の死』の暗さの底に沈む人間の業を見たようにも思うのだが。
夏の光りは今も衰えることを知らない。

2001-08-05(日)

中上健次私論 通底する自我

同時代の作家を論ずることは至難である。共に生きて動き、感じ、日々新たな文学的胎動を行なっているからだ。第三の新人達の後を追うようにして出てきた内向の世代も今や衰弱したかのように見える。
生のベクトルの模索に飽きた訳ではないだろうが、イロニックに言えば、社会的に安定してしまったのである。それにあたりまえのことだが彼らはみな年をとった。
年輪を積み重ねること自体は決して悪いことではない。だが家庭内に、あるいは戦前・戦後の幼年時代に自己のリアリティーを見い出そうとする方法そのものが、内向の世代を次第に外へはじき出してしまったことは確かだ。
私にとって、同世代を強く意識する作家は決して中上健次一人ではない。彼はむしろ私からはるか遠いところにいる。しかしその文学には注目せざるを得ない。状況が混沌としている時代に自らの血流の在り処をたずねようとする作業は多くの示唆に富んでいる。
以下、彼の作品の特徴、その構造について考えてみたい。それが一つの「文学」になり得ていることを自分なりに明らかにしたいのである。

中上健次を解くカギは数多い。しかしそれらを分析してみると、幾つかのものにまとまる。最も基本となるべきものは、彼が紀州の生まれであるということだ。ここから文学的所産の大半を分析することができる。
中上は昭和21年8月、和歌山県新宮市に生まれた。県立新宮高校を出た後、羽田空港の貨物輸送会社で航空貨物の積み出しをする。
この経歴から見て明らかなように、中上の周囲に知的匂いはない。あるとすれば彼が文学同人誌「文芸首都」に加わっていたという事実だけである。むしろ彼自身がそうしたものを遠ざけてきた感すらある。文学が知識人の産物になってしまってから随分と久しい。
だが、中上はそれを拒否する。彼に親しい世界は『説経節』の身毒丸がよろぼうて食を求めるその幽暗であり、『雨月物語』、『宇津保物語』の持つ不可思議な昏さである。
地に這う、血の赫さにおびえる土俗の中に、中上は自分の世界を見い出そうとした。
しかし、それに気づくのはずっと後のことで、処女作以前の若書きの時代の作品『十八歳、海へ』に描いたものとは大きく隔たっている。
ここでの彼はまだ「若さ」の持つ酷い感覚にいら立つだけの青年である。

僕は歩き続けている。故郷をなくしてしまったボヘミアンのように。ただひたすら僕が殺された海に向かって歩き続けている。海は知っているだろうか?こんなに疲れてしまい、こんなにグロテスクな格好をしている僕をわかってくれるだろうか。

この文を読んでいて感じるのは、あまりに幼ない時代への対応の仕方だ。だがその中に物にぶつかっても避けようとはしないエネルギーがみえる。それが中上を処女作『十九歳の地図』へと駆りたてた。彼は十八、十九歳と自分の年齢を投影しながら、たえずいらだっている知識階級以外の人間を描き出す。
『十九歳の地図』の主人公は新聞販売店に住みこんで予備校に通う青年である。彼の眼に写るものは汚れきった都会の裏街と、そこに住む人々だけだ。くかさぶたのマリア〉に象徴される女の奥深さにおののきながらも、彼は憎悪に満ちた街の地図をつくり上げる。彼の内なるいらだちは様々な脅迫の電話をかけることによって復讐へと昇華していくのである。
また、『鳩どもの家』ではほとんどフーテンに近い社会的に無意味な高校生がジャズのつまった喫茶店に入りびたって睡眠薬を飲んで遊ぶという生活が主題である。
しかし「灰色のコカコーラ」で中上は自分自身に根ざしていた土と血の鉱脈を探しあてた。ここで初めて自分が紀州出身の作家であるという認識を強く持ち始めたのである。それは熊野信仰につながる神話的世界を背後に持ち得たという事実にもつながる。
彼の文学的テーマはこれ以降、急速に自らの生まれた僅かな場所に限定されていく。また、楕円が二つの焦点を持つように、もう一方に語り物の世界を代表とした作品群をも生み始める。中上健次が本当の意味で作家になり始めたのはここからであるといってよかろう。
それ以前の作品に今日の彼の諸要素を見てとることは容易だが、今の私には『岬』からの道程がもっとも興味深い。

なぜ紀州を描こうとするのか。それも非常に限定された場所を。この間いは今も私の中にある。おそらくまだその疑問は続くだろう。しかし地に根をはった精神風土を持ち得た人間は強い。その意味で、中上の随筆集『鳥のように獣のように』は興味深い作品である。

紀州に生れて、紀州に育った。しかも紀州の一等端っこ、川ひとつ渡ると他県に出る新宮という町で、である。風土はそこからどんなに遠く離れたとしても、この身を縛る。山々が重なる。それも、中世の頃から延々とつづいたあの熊野詣の山である。とび抜けて高い山はない。だが山だらけである。不意に海がある。やはり、これもあの補陀落渡海の海である。(中略)さて紀州というその風土に生れた小説家としてのぼくは、敬語、丁寧語のない言葉を血肉に受け、人がいるのではなく、在る、在ってしまう世界を書こうとしているのだ、と言えば自己解説しすぎるだろうか。

この文は中上健次の文学を解くカギだといってもいいだろう。それほど彼は自分の世界を巧みに表現している。繰り返して述べている「在る」ことに対する強烈な希求が次々と新しい作品を生み出すことになるのである。
昭和51年、『岬』で芥川賞受賞、52年、『枯木灘』でその世界をさらに深化し、新しい領域を拡げた。その後は『鳳仙花』、『千年の愉楽』がこの系譜に入る。
なかでも、『枯木灘』の結晶度が最も高い。一つの母系家族をほぼ編年体で書いた『鳳仙花』に比べて、『枯木灘』は非常に難解な小説である。しかしここには神話があり、作者の人間観、自然観などが満ちあふれている。
舞台は新宮。竹原秋幸を主人公とするこの一家は土木工事の請負いをしている。母フサの連れ子として秋幸、義父繁蔵には息子の文昭がいる。そして母フサが最初の夫との間に設けた長女芳子は名古屋の練糸工場に奉公して結婚、二女美恵は新宮で土木請負いの男と結婚、三女君子は中学を出て大阪のバーをやっているイトコの子守、長兄は秋幸が十二歳の時、二十四歳で首をくくって自殺、これらいずれも秋幸とは母だけでつながっている。
秋幸の父は浜村龍三という荒くれであり、彼には他の女二人に生ませた子がいる。一人はさと子で土地の女郎、もう一人はヨシエが生んだ子、その他、正妻の子、秀雄。オートバイを乗りまわすだけの異母弟である。
フサは四人の子を捨て、秋幸一人だけを連れて三人目の夫、繁蔵と再婚する。これだけで『枯木灘』の世界が通常のものではないことがわかるだろう。秋幸は大きく言ってしまえば、中上健次の分身であるといってもい。彼自身極貧の生活の中で血族の問題をこの作品と同じ形ではらんでいた。しかしこの事実は作品と何の関係もない。あくまで『枯木灘』は自立している。
秋幸はつねに誰かに見られている。この視線は時にその父、浜村龍三であり、日の光であり、さらに熊野の地に秘む神体でもある。彼は働くことをいとわない。むしろ肉体を使って働くことに快楽を覚える。

土が呼吸しているのだった。空気が呼吸しているのだった。いや山の風景が呼吸していた。秋幸はその働いている体の中がただ穴のように、あいた自分が、昔を持ち今をもってしまうのが不思議に思えた。昔のことなど切って棄ててしまいたい。いや土方をやっている秋幸には昔のことなど何もなかった。今、働く。今、つるはしで土を掘る。シャベルですくう。つるはしが秋幸だった。めくれあがった土、地中に埋もれたために濡れたように黒い石、葉を風に震わせる草、その山に何年、何百年生えているのか判別つかないほど空にのびて枝を張った杉の大木それらすべてが秋幸だった。秋幸は土方をしながら、その風景に染めあげられるのが好きだった。

このような風景が『枯木灘』全編を通じて何度も何度も表現される。そこにあるのは土との交感、風景との一体感である。そこでだけ秋幸は慰籍され許される。自死した兄の年齢に近づく秋幸にとって死の匂いは親しい。しかし働く時、つるはしを持つ時だけ彼は土になる。快楽になる。風景に同化し地にその昔を響かせることで生の悦びを得る。
秋幸は異母妹、さと子と関係を持つ。自らが血に苦しむことで、もう一つの血を汚す。実父の持つ血を嫌い呪いながらも人非人と呼ばれ、織田信長の軍によって滅ぼされた浜村孫一の子孫だと称して石碑まで建てようとする浜村龍三から離れられない。
この小説の深層には母フサを中心とした母系社会があることを忘れてはならない。その中で「父」あるいは「男」と秋幸との関係は一種の憎悪でつながっている。その親和力を高めたいという願いは秋幸を「父」の娘=さと子へと近づけていく。罪を感ずることで父とある種の共犯関係に陥ることを願う。しかしそれは思うように運ばない。
中上健次はここで「男」と「浜村龍三」をうまく使い分け、それが現実の人間と神話の中の人間とを同じ体内に孕んでいることを示している。無論、紀州に残る雑賀孫一の伝説をその背後に持っているのはいうまでもない。普通ならば妹と姦通したこの男が許される筈はないのだが、龍三の大きさはほとんど神話の拡がりを持っている。
狂気によって打ちのめされ罰せられることを望む秋幸の前で、実父はただ優しい。つねに「上位自我」として彼の前に存在する。そのことで秋幸は不思議なたゆたいの時を持つ。
それは彼自身が何度も浜村孫一という男について調べる場面にもあらわれている。土地の人々に嘲笑されながらも碑を建てようとする実父の中に、神話をみる。正真正銘の黄泉の国が自らの眼前に展開するのを知った時、補陀落渡海のあった那智の浜が近くにあったことを実感する。やがて異母弟の秀雄といざこざを起こし、殺人を犯してしまう秋幸は父の愛情が弟の秀雄より高位にあることを強く実感するようになる。
秀雄はつねに不安である。そのことが秋幸に伝わることで、両者の関係は逆転していく。
中上の作品には「川」による浄化のイメージ、「日」による力のイメージが数多い。これはどの小説を読んでも感じることだが、『鳳仙花』ではフサが川に入って母の死を悼む場面などに、日がその背を強く照らし、生きることへの力づけをする場面などにもよくあらわれる。
『枯木灘』の世界はこのように、母系中心のストーリーと父=男=神話を主体とした二つの重要な要素から構成されている。だが、これだけで彼自身の問題が解決した訳ではない。ほとんど予感として存在した神話を紀州に戻ってさぐろうとする行為が次に待っている。

『紀州木の国・根の国物語』は一種のルポルタージュである。朝日ジャーナルに連載された時から、この作品が『枯木灘』と好一対をなすものといわれた。無論、創作ではないから趣は異なるが、そこに自己を見い出そうとする作業に変わりはない。序章に言う。

紀伊半島、紀州とはいまひとつの国である気がする。まさに神武以来の敗れ続けてきた闇に沈んだ国である。熊野・隠国とはこの闇に沈んだ国とも重なってみえる。

ここで中上は人に話を聞くことを徹底的に心がけている。つまり記紀の方法を自分に課す訳だ。その中から紀州とは何か、そこに生まれた自己とは何かを見い出そうとする方法である。新宮に始まって天王寺に終わる六カ月の旅で彼の見たものは何であったか。それを一言で言ってのけることは難しい。時に大逆事件紀州グループの大石誠之助や成石平四郎に、作家佐藤春夫等に触れながら、人間の差別、被差別部落の構造にまで話は拡がっていく。
熊野地方には幾重にも魂の考古学が眠っている。それは自然的宗教を持った山岳信仰に根ざすものだが、もっとも古層には盤座(いわくら)、巨石信仰と呼ばれるものがある。神事をつかさどる男の祭司長を中心とした神托政体を持つものだ。
さらに平安末期になると阿弥陀信仰とつながった山岳浄土思想が拡がり、人々は熊野を死者の国であるとした。本宮、新宮、那智は三山と呼ばれ、ほとんど超俗的な土地になった。
中上がこの事実を肌身に感じていればいるほど、自分の生まれ育った土地の内部で燃えている古層に着目したとしても不思議はなかろう。人々がどのように怖れたか、どのように水や火と関わったかが最大の眼目となる。そしてもう一つ忘れてならないのは血の流れだ。〈朝来(あっそ)の章〉における馬の尻尾から毛を抜き取る作業を見た場面の叙述は畏怖に満ちている。何匹もアブのたかった肉のついた尻尾から、毛を一本一本引き抜いていく。その仕事の中に〈霊異〉という言葉の中心にある固い核をみる。
また、〈松坂の章〉では屠殺の現場に立ちあう。

その男に連れられて屠場の中を見た。(中略)斬り落とされた豚の頭が、首を床に立てて幾つも並べられてある。(中略)屠殺している現場の写真は撮らせない、と男が言った言葉を思い出し、生き物を屠殺するものの痛みを考えた。獣の皮をはぐ者が生皮をはがれるその痛みについてである。(中略)屠場のそこで血がおびただしく流れる牛の生暖かい体を想像し、物であって生き物である牛を屠殺する事こそ、見ることが不可能な闇と光を同時に視る事とつながると思った。 男の眼は深い。屠殺とは神人の業である、と思う。

ここでの中上はほとんど〈眼〉に徹している。闇をのぞこうとする眼にしかし何かがからまっている。その何かがおそらく彼の内部にみなぎっているものだろう。血である、と言っても言い切れないもの。エロスである、といっても言い切れないもの。
『枯木灘』にあった恍惚に近い労働の状態を中止はこの屠場に見ている。それは写真をとらせない、という強い彼等の口調からも読みとれるものだ。結局彼は死んだ豚や牛をカメラにおさめる。しかし屠殺の瞬間は許されない。いや許されないのではない。何かがそのことを拒んでいる。誰かがそれを怖れている。
中上はむしろ、その事実に深い大地への通底を憶う。人間であること、たかだか生き物でしかないものをはるかに超えたもの。
それらの中に真の実在が含まれている、ということを直感する。そしておびえる。
自然といいかえてもいい。社会、国家、法律、倫理、道徳までを自然と呼ぶなら、その中に必然的な死が生まれ、差別ができあがる。人がそれを怖れ、遠ざけようとすればするほど、事物はなお一層氾濫する。このルポには多くの人間が登場するが、その人々に対して中上は寛大だ。時に被差別部落の人の中にさえ根強く残る差別の構造を明らかにする。しかしそのことを彼は何も言わない。むしろ〈マレビト〉である人間への共感が深い。彼が土を愛し、紀州を愛していることがこれほどに伝わってくる作品は他にない。だが同時に、この営なみは彼の創作の中に反映してくる。彼の周囲に取材した作品だけでなく、もう一つの〈物語〉の中へその焦点が向かってぃくのである。

中上は紀州を描く。そのことは何度も書いた。しかし物語の系譜の中に紀州を、自分自身を取り返そうという試みをも同時に行なっている。これがもう一方の柱である。
短編連作の形で続けられた『化粧』、『水の女』、『熊野集』あるいは『蛇淫』がそれにあたる。いずれも『枯木灘』よりー、二年後の作品だ。彼の関心が熊野そのものに向かっていることがよくわかる。とりわけ、『化粧』は一つ一つに題材を選んでいるのが特徴的だ。『宇津保物語』、『日本霊異記』、『説経集』、『雨月物語』などをその深部に抱いている。ここで彼は句読点をつけない、いわば語り物のスタイルなどを取り入れた試みもしている。
「修験」では『霊異記』の中から題材をとり、深山で骸骨の舌が法華経を憶持しているという話を展開し、「浮島」では秋成の「蛇性の淫」の舞台を使用している。
この他十二篇それぞれが何かの出典を持つ。ある意味でこの作業は芥川龍之介と『今昔物語』との関係を想起させる。これらの作品群には不思議な静謐さがある。読んでいて何故か心が冷える。それは『熊野集』においても同じだ。
なぜこれらの古典に材をとるのか。それは自分の属している民族の持つ基点を探ろうとする行為に他なるまい。民族の原郷(ウル・ハイマート)へ回帰することなしに、作家の情念が静まることはない。すなわち、古事記、日本書紀への遡行が必要な所以だ。
だが中上は自己の血に最も近い熊野にそのピントをあわせた。そこから当然のようにあらわれたものが『日本霊異記』に出てくる法華修験者達であったのである。勿論、この仕事は『紀州…』のルポルタージュとある種の円環をなしている。 「荒神」、「火宅」に出てくる天王寺のイメージは現実を超越したい時に出てくる天王寺=大阪の系列と、補陀落渡海の海を想わせる。このように『化粧』の世界は閣の国家=熊野を別の言葉に置き換えようとした作業であることがわかる。
『水の女』、『蛇淫』はやや趣を異にするが、そこに描かれているものは親殺しであり、性の営なみであり、共に人間の暗部に深々と横たわっている現実である。いずれの作も女が中心であり、男は種々の形をとりながら、その周囲を経めぐっているだけである。
この構成の方法は彼の作品のどれにもあてはまるといってよかろう。特に『水の女』では男女の性が大胆に描写され、人間の深層に秘むエネルギーの強靱さを感じさせる。
中上はこのように熊野の中に一つの可能性を見た。そこから次々と作品が生まれる。彼にとって自分の生活の源であった母の周囲=血流と、この熊野神話、物語の中に点在する自己の精神とが重要な役割を果たしているのである。ここからもう一つの流れ、物語系作家、語り物系作家への深ぃ憧憬も表面化してくる。

中上は「国文学」誌上において、物語の系譜を考えた。彼の興味の中心は文学を「学」として行なおうとする態度ではなく、物語そのものをまるごととらえようとするものだ。
谷崎潤一郎、永井荷風、円地文子、三島由紀夫、上田秋成、折口信夫、セリーヌ、フォークナーなどがその対象となった。ことに谷崎に対しての関心はひときわ高い。それは彼がついに物語を書ききった作家であるという信念から表出してくる。

法・制度の作家谷崎潤一郎は近代文学唯一の差別主義者である。差別解放を唱える運動家が何故この谷崎潤一郎の小説をズタズタに読み破らないのか不思議なほど谷崎は一貫して賤なるもの異形なるものに差別を抱いている。

この文は法・制度へのマゾヒズムとして谷崎が存在した、ととらえていいだろう。彼の文章に近代日本文学の持つ「人間中心主義」はない。耽美といわれる由縁はおそらく彼の物語への傾倒と無関係ではない、とする中上の推論は正しい。 谷崎の随輩、『陰翳礼賛』についても、中上の視点は明確だ。それが日本の美への礼賛ではなく、それを支える法や制度を体現したものであると言い切っている。物帯というものは「文学」と呼ばれるものまでを「物語」の内部に取り込んでしまう法、制度であるという認識なのである。
評論家、柄谷行人との対談「小林秀雄をこえて」はその意味で物語に傾倒する中上健次の横顔をよくうつしている。

つまりぼくが言っているのは多神教的に、文学を排して物語をさがし、さらにその物語を迎え撃とうという事です。もちろん物語というと、このぼくも物語にされてしまう強い装置なんですよ。物語しか用はないというのが、いまのぼくの気持ですが、なにしろ今蔓延している文学は壊さなくてはしょうがないと思っているんです。

この発言は自らも決して「文学者」にはならないという強い決意のあらわれととれるだろう。自然主義文学以降が胚胎している強い人間中心の視座から、中上は一歩抜け出ようとする。
そのための杖が熊野であり、彼の生まれた町新宮なのである。
物語は同時に〈モノカタリ〉としてとらえうる。とすればそれは明らかに伝承文芸であり、言葉を表記する以前の暗闇にも通じうる。その中に秘んでいる源流、血のさわぎのようなものに中上健次がとらえられたとしても不思議はない。それは上田秋成に対する愛着にも達する。勿論、秋成の持つ世界が不可触の物語に触れてしまうことに対する親近感もあるだろう。
しかし同時に法、制度の抑圧を常に作中において無化させ続けた秋成の文学的態度に共感する部分が多いからである。そこに通底する自我の在力処を見定めているからであろう。彼はつねに秋成に挑発されていると感じる。その文学の危うさを自らの体内に宿さねばならない、と感じる。いずれにせよ、物語系作家に対する中上の視点はあたたかいものだ。無論、無条件のぬくもりではない。そこに弱さ、平板さを見ながらも近代日本文学が持ちえなかった「物語」の側面を強く打ち出すことに深い関心を寄せている。

中上は神話を得た。熊野を得た。だが彼が物語への傾斜を深めていく中で次に何を見たのか。彼の文は時に暴力的だ。いらだたしさがそのまま文字にたたきつけられるようなところもある。しかし、そこに血の赤も大地の激しさ、厳しさを見る人がいることも事実だ。おそらく多くの人間の中に中上と同じ素因が宿っているからだろう。
『枯木灘』の中上、『化粧』の中上、そして『紀州…』の中上はとても深いところで大地に通底することを願っている。それはあの秋幸がつるはしを持って土に同化したい、と願ったのと同じ心情である。だが、それが可能であったのかどうか。
彼はおそらく彼自身の文を超えている。作家が作品より大きいのである。ある意味でこれは不名誉なことかもしれない。しかし、作品を超えられない作家も多い。その意味で彼の柔かな感性がどこまでも作品世界を生み出すことは、それだけで驚異と言わなければいけないだろう。
同時代の作家、中上健次はその出発点において多分に大江健三郎の方法を意識していた面がみられる。大江の小説にあらわれる四国の山村が、そのまま紀州になり『十八歳、少年海へ』などに描かれた青年の内面描写方法には、大江の『セブンティ-ン』などからの強い模倣のあとがみられる。
また批評家は深沢七郎との類似性などについても語るが、私には全く異なった個性としか思えない。
彼が新しい文学の波を創出したことは間違いがない。古典・民俗学・言語論に至る広い範囲をカバーしながら、その世界は大きな拡がりを持つ。
自我を通底させることだけをこい願う小説家は案外少ないかもしれない。その意味で中上の文学はこれからも読了と理解するのに時間がかかるだろう。物語系作家への視線は同時に彼の内部を焦がす火となったのである。
中上を知ることによって、私自身もーつの動きを得た。文学はつねに読む者を揺り動かさねばならない。さもなければ、慰みものに堕すべきだ。その意味で中上健次の作品を深く読了する目をさらに養っていきたい。

2001-04-22(日)

劇的なるものをめぐって 別役実小論

Ⅰ はじめに

別役実は雪花膏のように種々の相貌を持って我々の前に登場した。その活動範囲は主軸となる戯曲をはじめとして、映画、シナリオ、ラジオドラマ、童話、評論等とどまるところを知らない。
殊に彼の創り出す演劇は現実の空間そのものでありながら、完全に異化された彼自身の内部たりえている。そこに一歩踏みこんだ人間を捉えて離そうとしない。
この吸引力に、人はおそらく自らの内側に重なりあう言語の原質を見い出すに違いない。
私は彼の芝居を見るたびにある精神の昂揚と、また同時に形容のできない嘘寒さを感じてきた。登場する人物の一人一人にあらがい難い現実を感じとりながら、そこに多少の反発をもこめて。
文学座のアトリエにひっそりとうずくまって観た彼の演劇に私は壊しさを覚えた。
俳優達の顔や身体から飛び散ってくる汗の中には別役演劇だけの持つ、ある種の匂いがあった。それは彼が好んで使う「風」の匂いであったのだろうか。無名でしかない人間が吐き出す台詞には明らかに「死」の香気が漂っていた。
この小論では、別役実という一人の劇作家における「劇的」なものとは何か、演劇とは何かについて、私なりに考察していきたい。

Ⅱ なぜ演劇なのか

別役は木下順二との対談の中で述べている。

木下 『にしむくさむらい』を今度読んだんですけど、あそこに語られている何でもないことが、非常に面白く最後まで読めるということは、日常的な、きわめて日常的な、些末的なせりふの流れが限定できない大きな状況というものを後ろに押えているから、ずうっと面白く引っ張られていくんだろうという気がしましたね。
別役 そう読んで下さるとありがたいんですけど、ただ役者が舞台に立って言葉にエネルギーをこめて、あるダイナミックな状況について主体的な関わりを持ってゆくのが演劇本来の最も健康なありかただとすれば、これはかなり逆な部分があるんですね。
木下 ポジ(陽画)とネガ(陰画)という言葉が当てはまるかどうかわからないけど、ネガ的な言葉を喋べることでポジを後ろに映し出すということになるんでしょう。
別役 極端なネガなんです。だから演劇とすると、やはり限界があるんじゃないかという気はするんです。(「国文学」1979年・現代の劇)

ここで別役は彼の演劇の方法論とでも呼べるようなものを、ほとんど言い尽している。
「不条理劇」という言葉でくくられる「反演劇」(アンチ・テアトル)のただ中にいて、時代と潔く関わっていくための指針を探し出す仕事は容易ではないはずだ。 別役はそれをベケットとイヨネスコを読むことから始めた。
いわゆる不条理という言葉は実存主義哲学用語として、今日も多々用いられている。サルトル、カミュ、カフカなどの文学的、演劇的所産の中にも、それらは深く根をおろした。世界の無意味を直視し、それ支えるためにカミュは『シジフォスの神話」において「意志」に着目したし、サルトルは自由であることをたえず選択し続けなければならない人間の不安を描いた。
彼の戯曲『はえ』では神によって代表される抑圧からの自由を手に入れた後、その選択の故にのろのろと生きていかなければならない人間を表現している。
さらに、彼らの影響を強く受け、戦前からも活躍していたのが、ロブ・グリエであり、『消しゴム』の成功は、サミュエル・ベケット、ナタリー・サロートなどを前面に押し出すことになった。
サルトルはサロートの作品への序文で彼等の作品を「アンチ・ロマン」と呼び、後に「ヌーヴォー・ロマン」(新小説)と名づけている。
この頃から、ベケット、さらにジャン・アヌイ、ウジェヌ・イオネスコなどの劇作活動が活発になっていく。ベケットは1949年沈黙がちの不可解な緊張の中でやって来ないゴドーを待つ劇『ゴドーを待ちながら』を書き、その全世界的影響はイヨネスコと共に「反演劇」(アンチ・テアトル)の存在を広く世間に知らせることになった。
彼の他の作品『モロイ』では死んだ母の一部屋にとじこもった作家の長い独白を描写することに成功し、カミユの『異邦人』に登場する主人公、ムルソーと同じMで始まるモロイを登場させている。
生存の不条理と死の自覚が毎日の”今〝という瞬間においてどのように作用するのか。死への行進の中で人間はどのような行動に出るのか、という点に彼の興味は集中している。
それは同時にサロートの〝かゆ状物質〝としての意識、クロード・シモンの現在時における過去の記憶に通じるが、ベケットには根元的な絶望がある。『勝負の終わり」では人物がごみの中に埋められたままという閉鎖状況を劇的に表現している。
別役はこのような地点から遅い出発を始めた。しかも当時、不条理は世界に蔓延していたのである。非常につらい場所から旅立ったとしか言わざるをえないだろう。
それではなぜ彼にとって「演劇」だったのか。他の手段が彼の前に大きな口を開けて待っていたのではあるまいか。
それについて別役は文学と演劇との関係性を説きながら語っている。つまり、我々が「演劇」というものを特に今日の日本においては「文学の変形」としての戯曲という視点でしか見ていないということであり、それを攻めるところからしか新しい演劇が生れないということだ。

本来、演劇はあらかじめ仕組まれた「文学」的世界、「文学」的ルールにもとづいて観客を誘導するものではなく、現前の舞台空間の直接的な解明の作業であり、舞台と観客が「演劇」という約束事を通じて行なう相互交換ではなく、真空状態における実存と実存の触れあいをたくらんでいるからである(中略)参加の演劇という意味の本質はここにある、と私は考えるのである。

ここには別役の演劇観がはっきりと出ている。それはつまり感性と想像力のせめぎあいがなければ、演劇は成立しないという彼の基本認識のことだ。サルトルの影響よる参加(アンガージュマン)の論理も、ここでは一つの特徴に挙げられるであろう。
とにかく、別役にとっては「文学」の彼岸にあるもの、文学を超えようと意志するもの。それこそが演劇なのである。他の手段では彼の自己意識を十全に表現することはできない。
別役と同時期に演劇活動を始め、共に「早稲田小劇場」を創立した鈴木忠志は、彼の演劇の特質について述べている。

ベケットの芝居でも別役実の芝居でも俳優が言っている一語一語にはそれ自体意味がない。ある時間が終わった瞬間に、その時間が作家の危機感なり疎外感なり、アイデンティティーの亀裂といったものを信憑性を観客に感じさせればいい。(『劇的言語』)

いずれもアンチテアトルに共通した発言である。リアリスムを否定するところから新しい地平が開けてくる。そこに彼の新しい舞台が出現するのである。
別役にとっての演劇は意識の底でひとひねりしたあるものを言語によって実体化させることであり、そこで演じられるものの背後に、なお現実以上の広く深いもう一つの現実が用意されていなければならないのである。文学ではない演劇に彼が自己の体験を重ねようとした動機の中に、現実否定の意識の強度と質の高さを感ずるのは私だけではあるまい。

Ⅲ 処女作の周辺から

どのような作家もその処女作には幾多の顔をみせる。後にいかなる変容を続けようとも基本的な問題は処女作とそれに併う幾つかの作品にあらわれるものだ。
別役は「AとBと一人の女」(1961)という作品を書きあげると、すぐに第二作「象」(1962早稲田大学自由舞台公演)を完成した。以後「マッチ売りの少女」(1967早稲田小劇場)「赤い鳥の居る風景」の二作で第13回岸田戯曲賞(1968)を受ける。
ここで「象」に着目してみたい。本質的な意味でディアレクティクの全くない彼の演劇が見えてくると思うからである。
「象」は一人の男の登場によって始まる。むろん、別役の芝居には固有名詞を伴った人間はあらわれない。皆が皆、一様にアノニムな肉体の具現者である。
ト書き-。

幕があがってしばらくすると黒いコーモリ傘をさした男が一人、ボンヤリと登場する。
つまり誰もが野心的であるとは限らないし、全ての敗残者が悲壮であるとは限らない。往々にして人々はさりげない。

ここで別役は60年安保を連想させる「敗残者」という言葉を導入し、しかも「悲壮であるとは限らない」という表現でそれを簡単にスライドさせている。ここから彼の政治意識は表面的にはすりぬけることに成功している。後は別役の言葉だけが縦横に我々の中にふりかかってくるのである。

男 みなさん、こんばんは、私はいわばお月様です。お空にまんまるの。(中略)あるいは…。あるいは、おさかなです。いわば淋しいおさかな。例えば私はよく涙を流します。

別役の言葉の特徴を見て欲しい。これは完全な童話の世界の言語であり、「象」というタイトルこそは、足や耳や尾にさわって全体像を空しく想像した例の童話の象徴的表現なのである。お月様=Aはおさかな=非Aになり、やがて両者に共通する高次のイメージ、涙=Bという拡散した現実をひきおこす。
この「肯定」「否定」「拡散」こそが別役実の言語感覚の基本である。幼児性の強い言辞を駆使しながら、逆に大人の持つ非日常性に入っていく。

最初の部分。風の描写について。

男  吹いています。しかしかなり微妙な問題です。どちらかといえば、吹いていないと言った方がいいのかもしれない。若しかしたら、ユックリ動いているに過ぎないのかもしれない。ともかくこっちからこっちへという感じです。こっちからこっちへ。

この短い一節の中にも前述のパターンがよく表われている。「肯定」「否定」「拡散」を伴いながら沈黙のゲームを余儀なくされている男。
別役演劇の特徴はつねにこのような形の言語の中にあらわれる。それは市民生活の中でごく日常的にあらわれる風景でありながら、そこで語られる表現は明らかに異次元のものなのである。「象」は原爆被災者の話である。しかしその基調はあくまでも少年時代の童話の世界であり、激しい毒を背後に持ちながらも、表面的にはさらりと言ってのけている。凝縮した部分を抜いてみよう。

男   叔父さんは街頭で裸になって背中のケロイドを見せてましたね(後略)
病人 ほこりっぼい道だったよ、あそこは(中略)そうさ、あれも最初は嫌な仕事じゃなかった。俺は見物人にヒロシマのあの時の様子を話してやったり、一寸気のきいた冗談を言って笑わせたり、カメラの為に新しいポーズを考えたりしたもんだ。

表現は柔いが、ここでは被災者が自分の存在感を得るために、人々の視線の前に立ちはだかるという、少数者のレゾン・デートルへの飢餓をあらわしている。
別役の言語は人と人、人と物の関係を新たに構築するには、あまりにイロニックでありすぎ、彼自身も「現代は言葉に対しては絶望的情況ではある」と言わざるを得ない立場に追いこまれている。しかし、そこに壁があるなら、それを打ち崩すためにも新しい言語の模索を続けなければならない。
同時代に演劇的出発をした清水邦夫は彼の演劇について語っている。

恐しかったね。実際の舞台じゃなくて本を読ましてもらった時に、あの文体というか、演劇的虚飾とか実生活的虚飾がないもうーつのところの人間の存在を確かめていくということは、逆に言えば、一番情況の中にいる人間みたいなものを浮き立たせる手法だと思った。(西武劇場・壊れた風景パンフレット)

別役にとってある情況の中でどのように人間が生き、生活していくのかという問題こそが主眼であることが、この語りからも読みとれるであろう。

Ⅳ 電信柱と風

別役は変化への意志を強く示した時期を持っている。さりげない人間達がまさにさりげなく蠢くという彼の作風が変わったのではない。そこにある種の宗教性さえもがみえてきたのである。性急な変化ではない。しかし確実に彼は変わろうとする意志を持った。

「あーぶくたった、にいたった』「にしむくさむらい」の二作には特にその感が強い。大げさにいえば一種の「救済劇」であると言えるかもしれない。
別役の劇の主人公はつねに無名であるが、それと共に忘れてはいけない装置は日常風景の典型としての電信柱であり、不安の要素をになう風である。

「あーぶくたった‥‥‥」のト書き。

舞台の下手に古い電信柱。その上の方から斜めに上手へ雨にさらされて汚れた万国旗がたれさがっている。電信柱の中程に黒い電話の受話器がぶら下がっている。上手にポスト。

この風景をみただけでそれが小市民の日常生活であることが了解できるであろう。男と女はこの狭い空間の中で日々の営なみを送っている。

男  匂いだよ、それはね匂いなんだ、先生がそう言ったよ。この匂いだってね…。
女  (顔を上げて)どの…
男  (ややとまどいながら)この…
女  (ややたしかめて)‥匂うわ…
男  それだよ…、それが夕方の風の匂いなのさ
女  私いつかきっと思い出すわ、こうしてそれからもう一人と二人でこの匂いについて知ったことを

ここでの風は夕方の匂いを持つ一つの風景である。表現の中に暮れなずむ人間の生と、死へ向かって行進をする営為を感ずる。
男と女はこの空間で未来の設計を語り合うが、それは全て貧しく、失敗を伴うことばかりである。自分達の子供が生まれるという幻想の果てにあるものは、死刑にならざるを得ない子供自身の殺人行為であり、級友を殺してしまうという考えに男と女はまた沈黙に戻っていく。
やがて男と女は自分達の未来がまた今の現実と何ら変わりのない暗いものでしかないという認識のもとに自殺を決意する。

女  ねえあなた…。
男  何だい…?
女  風吹いていますか…?
男  そうだね、ほんの少し
女  あの、風…?
男  そうだよ。あの風だよ、あの思い出の風さ…。

最後の最後になって、世間の片隅で生きてきた二人は思いがけない激しさでこう語る。

男  (つぶやくように呪うように)神様、私どものために雪をお降らせ下さい…。神様、私どもは生きてきました…。でも誰にもそう思ってもらいたくないのです。神様、私どもの死体を雪に埋もらせて下さい。私どもがまるではじめからいなかったかのように…。(中略)神様、私どもはふしあわせでした。私どもは我慢をしてきました。誰にもそう言わせたくないのです。

すると思いがけないことに、暗闇の中から白い雪片が舞い降りてくる。これを性急に「神」に短絡してはいけないだろう。しかし今までの別役は救済を考えなかった。おそらく「祈り」を行うものに対して、「選び出されたような」雪を降らせる超越者の存在を劇の中に導入したのはこれが最初であろう。
単純に「神」を考えてはいけない。別役はそのような夢のオプティミストではない。それは風に象徴される不安の中で生活を営んできた人間に対する限りない愛情の表現なのではあるまいか。
別役は確かに変わろうとした。「にしむくさむらい』というタイトルからは、ニ月・四月・六月…という大きな月に対するマイナーの月を想わせ、常にメジャーにはなりきれない人間の生の有り様を感じさせる。
発明家が考えた唯一の発明は電信柱に吊された大きな石である。それは彼に言わせれば「乞食をいけどりたい」というだけの装置であり、事実、その下に用意された寝具の中に寝た乞食は上から落ちる石に頭をぶつけて死んでしまう。
しかし乞食はそのからくりをすべて知っていながら、あえて殺されるために横たわったのである。ここにはキリストの「贖罪」の意識が垣間見られる。人々の苦悩と罪とを一身に浴びて死を選ぶ。だが、殺した発明狂の男も内気で気が弱く、無断欠勤の常習者であり、その妻もいまや全てを「めちゃめちゃにしたい」と願っている。
このように「にしむくさむらい」の世界は哀れな被害者が加害者へと転ずることによって、自分達の生のみじめさを「濾過」していかなければ生きていけないという人間の現実を表現している。
したがって、この劇で真に生きているのは殺される役を甘受する乞食一人であり、他は生きながらも死にかかった志を持ち続けていかなければならないのである。
別役は「神」を想っているのだろうか。渇いているのだろうか。祈りたいのだろか。しかし、これは「神」に対するアンチ・テーゼと読みかえた方が無難だろう。今日、神から最も遠いところにいる人間こそが、最も近いところにいるという逆説を信じざるを得ないからである。

Ⅴ おわりに

今日、演劇を語ろうとすることは至難である。曖昧模糊とした現実を戯曲という形の言語におきかえ、それを肉体の中に具現化する、という演劇行為を考えただけでめまいすら起こしかねない。しかし、その困難を超えさせようとする力が演劇にはあるのだろう。
別役の戯曲がつねに成功してきたという訳ではない。言葉の知的遊びに堕してしまい、単純さに収斂してしまった作品も少なくない。それは彼が志向している舞台における具体性ということ、俳優の生身の身体を通して、ある感覚実体を手に入れる、ということからも随分とはずれている。
しかし、それでもなお別役の演劇は今日最も「演劇的」であるといっても過言ではなかろう。情況に風化されない〈もう一つの現実〉を捉えようとする彼の姿勢はただのものではないからである。だが彼が政治やそれをとりまくものから離れようとすればするほど、その逆説として近づかざるを得ないというのも、また明らかなところだ。
別役は最近の対談の中でも「今後は共同体社会の構造にも着目したい」(『新劇』)と語っている。それがどのような内実を持つのか、現在のところは明白ではないが、今後さらに「神」や「情況」に密着せざるををえなくなってくるのではあるまいか。
戯曲そのものに作者が裏切られることなしに、本当の劇的なものは生れてこないと思うのは私の偏見かもしれない。だが別役の演劇を観ている時に、つねにある種の〈懐しさ〉を想うのは、その深部に彼の意図した以上のものが隠されているからではないだろうか。それはさながら杳としてつかみきれない何かを探し訪ねてまわる巡礼の道のようにさえ思われる。
別役はこれからも多くの作品を残すに違いない。そしてその中に言葉にならない薄明の時間を投入してくれるだろう。ただその時を共有したいために、私は彼の演劇を観続けていきたいと考えている。
そこにあえかな生の輝きが見てとれれば、私には十分すぎると思えるからだ。

2001-04-08(日)

エンデを読む 迷宮としての現代

Ⅰ現代への視座

はじめに

Ph.アリエスは1960年代に入って「子供」の存在と正面から向き合うこととなった。すなわち、著書『子供の誕生』がそれである。
今や深層的人間の領域にまで踏みこんでいかなければ、「現代」が見えなくなってしまっている。
アリエスは我々にとって自明だと思われてきた子供の概念が、実は古来からずっとあったものではなく、近代家族の形成の過程の中からできあがってきたことをその著作の中で明らかにした。
そこでは、子供の存在がおのずから反秩序性の体現者であり、近代知のパラダイムの一つであること、いわば文化の外にある実存としてたえず秩序そのものを問いかえしている、と説いている。
もはや大人対子供という枠組みよりも、秩序対反秩序の構図を手に入れた方が理解し易い。合理的な近代知を超えようとするもの、根元的な自然を体現しているものとしての子供を考察することは、現在どうしても必要だろう。
むしろその中にこそ無自覚なまま何かにとらわれている我々自身がいると考えられるのである。子供、この不可解なものと正面から対決するのはそう容易なことではない。
しかし作家、ミヒャエル・エンデはそれを自分自身のライフワークにした。
今日、文学はどこへ行くのか、あるいは行ったのかという問いは、人間はどこへ行きつつあるのかというテーマと十分に重なりきれない側面を持つ。すなわち文学は世界を包括する力を失いつつあるのかも知れない。
核への恐怖は言葉を凍らせる。と同時に時代はますます迷宮化し、機械文明は回転することを止めようとはしない。そのような状況の中であえて言葉は、人間はどこへ進むのかと問うのはドンキホーテ的な行為であるともいえよう。
現代を照射するコードネームは何か?時代を透視するだけの力がミヒャエル・エンデの文学にあるのかどうか。それを検証していくことがここでの課題である。

Ⅱ エンデ Who?

ミヒャエル・エンデは1929年南ドイツのガルミッシュに生まれ、1995年66歳で亡くなった。西ドイツを代表する児童文学者である。と同時に文明批評家の側面をも持ち、ベストセラー作家でもある。彼の代表作『モモ』『はてしない物語』『鏡のなかの鏡』は1984年5月14日から連続して7週間、1位から3位を独占した。
『はてしない物語』にいたっては実に3年3か月も1位を保ち続けたのである。これだけでエンデがどれほど人気のある作家かよくわかるであろう。出版事情の異なるドイツで100万部以上を売るということは予想を絶することなのである。しかし彼は驚くほどに寡作でもある。
それは『モモ』一作を完成するのに6年間を費やしていることからもわかる。西ドイツの代表的な雑誌「シュピーゲル」は彼のことを、「ドイツ語の本で戦後最大の成功を収めた人物」として高く評価した。
しかし作家は記録をつくることに命をかける訳ではない。評価はあくまでも作品自体の持つ生命にある。
だがその前に彼がシュール・レアリスムの画家、エドガー・エンデの子として生まれたことは記憶しておいていい。また後年ミュンへンで演劇教育を受けたこと、さらに人智学者(アントロボゾーフ)、ルドルフ・シュタイナーの創設したヴァルドルフ学校に学んだことはエンデに大きな影響を与えている。
シュール・レアリスムは空想(ファンタジー)の飛躍と活力を、シュタイナーの人智学は彼の人間観を養った。しかしここでは先を急ぐことなくエンデの代表作『モモ』から読み進めていくことにしよう。

Ⅲ 時間との相剋

ミヒャエル・エンデの作品の中にメッセージを見い出すのはある意味でたやすい。事実この『モモ』の副題には「時間どろばうとぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語」とある。つまり「時間」を盗もうとするもの(それが仮に何であっても)との対決の話だということになれば、当然アプリオリな展開として「時間を大切にしよう」という陳腐な命題が登場してくることになる。
時間を大切に扱うことがいかに重要なことであるにせよ、そこで扱われる〈時間〉とは何であるのかを考えながら進んでいかないことには立論も殆ど意味を持たない。時間論がどうしても必要になる所以だろう。
モモは古い廃墟の広場に住む女の子である。彼女はみすぼらしく自分からは何もしない。ただできるのは人の話を真剣に聞くことだけである。大人も子供も、モモのところへやってきて話しこんでいく。町は彼女の存在のせいで不思議と明るくなり、人々は豊かな気持で暮らすようになる。
しかしそこにやってきたのが〈時間どろぼう〉の一味であった。帽子からくつ下、靴に至るまで灰色であるだけでなく、顔、カバン、手など全てが灰色である。彼らは町の人達に甘言を弄して、時間を貯蓄しろと勧める。
象徴的な場面は念入りな仕事をすることで評価の高かった床屋をだますところである。床屋のフージーは自分の持っている残りの時間を全て計算され、紙に書かれた瞬間から、死への道のりの近いことを知る。
そして母との対話に費やす時間、飲み屋に行き友と会い、また本を読む時間、家事をする時間、足が悪くて車イスから離れられない女性のために毎日花を送りとどける時間、それらの全てを時間貯蓄銀行にあずける契約をしてしまう。灰色の外交員たちは時間の節約の仕方をさらに続ける。
たとえばですよ、仕事をさっさとやってよけいなことはすっかりやめちまうんですよ。ひとりのお客に1時間もかけないで15分ですます。年よりのお母さんとすごす時間は半分にする。いちばんいいのは安くていい養老院に入れでしまうことですな。
そうすれば一日にまる1時間も節約できる。それに役立たずのボタンインコを飼うのなんか、おやめなさい。(中略)ついでにおすすめしておきますが、店の中に正確な大きい時計をかけるといいですよ。それで使用人の仕事ぶりをよく監督することですな。
フージーはその日からどうなったか。彼は次第に落ち着きのない人間、怒りっぽい人間になっていった。すべてを事務的に処理しようとし、心をこめてするということの意味を失ったのである。時間節約が町の合い言葉になる中で、モモは自分のいる場所がなくなりつつあることを知る。子供達は将来のためになることだけに精を出し、空想を働かせることを忘れ飽きっぽくなる。
『モモ』の中でエンデ自身、子供は遊びを自分で開拓していく能力があると述べている。二つか三つの箱、破れたテーブル掛け、小石-それらに想像力を加えることで子供の世界は飛躍する。しかし〈灰色の男たち〉の術策にはまった子供たちは〈時間どろぼう〉の好みにあった訓練を受ける。全ては未来のために、十分ためになるやり方で。
柔かい管理の構造が叫ばれる今、このテーマを読むだけでもおそらく自分自身を鏡に映しているような気がする人は多いだろう。会社へ塾へと、我々はただ「安定」を求めてひた走っている。その中でモモのように「なぜ?」を繰り返そうとすれば、ドロップアウトの瞬間が余儀なく襲ってくる。
またもう一つの挿話として、観光ガイドのジジの話も象徴的だ。ジジの話はモモに話しかける時にだけ豊かなイメージにふくらんでいく。春の野のように花ひらく彼の話はやがて〈灰色の男たち〉に利用され、彼自身以前から抱いていた願望と相まって有名な物語作家ジロラモの誕生となる。ただし彼が得たものは富と名声のかわりに、スケジュールに追い回される時間との戦いだ。
モモがやっと彼の邸宅を探しあて話をしようとすると、秘書にさえぎられ、空港へ急ぐジロラモの姿しか垣間見ることができない。既に物語が枯渇しているのを一番よく知っている彼は、なんとかモモと話をしようとするが、それもスケジュールにはばまれて成功しない。
しかし物語の生産はあくことなく繰り返される。ジジ(ジロラモ)の自嘲は重くるしい響きを持たざるを得ない。
モモ、一つだけ君に言っておくけどね、人生でいちばん危険なことはかなえられるはずのない夢がかなえられてしまうことなんだよ。(中略)ぼくにはもう夢が残っていない。きみたちみんなのところに帰っても、もう夢はとりかえせないだろうよ。もうすっかりうんざりしちゃったんだ。
『モモ』では後半、彼女が「時間の花」を見、〈時間の国の王〉に会うところから話が急展開して解決へ向かっていく。そのための道案内はカメのカシオペイアだ。背中に光る文字を示しながら彼は〈時間の国の王〉のところへモモを導く。そこで彼女がはじめて見た「時間の花」は美しかった。これは全編を通じてのクライマックスである。
それはモモがいちども見たことのないほど、うつくしい花でした。まるで光り輝やく色そのものでできているように見えます。(中略)星の振り子はしばらく花の上にとどまっていました。そのかおりをかいだだけでも、これまではっきりとはわからないながらもずっとあこがれ続けてきたものはこれだったような気がします。(中略)これこそすべての花の中の花、唯一無比の奇跡の花です。
時間とは何か? 難しい問いである。管理されることに馴れた我々にとって今や時間も自由にならないものの一つかも知れない。近代的な工場、生産管理、マニュアル。均質な製品を産み出すことで文明は進んできた。その事実を否定することはできない。しかしエンデの問いは重い。我々に共通の時間をいわば水平の軸にすえるとすれば、さらに重層的な時間の可能性もそこには存在するはずだ。
一人の人間の生きられる時間は物理的に決定されてはいるが、その中に歴史的な垂直の時間軸を設けることもできるだろう。我々にとってわずかバス停での5分間が1時間以上に感じられるということはよくある。逆に言えば、意識の中で平面化された時間がある時ふと立ちあがってくるということもありうるのである。
これを文化人類学的に言うならば、祝祭的な時間の有効性ということになるだろう。現代は常に〈ハレ〉の状態を求めている。我々はいつも新たな刺激を受けることなしに、その生を完遂することはできない。〈ケ〉の状態に耐えられるほど現代人の神経は太くないのである。
しかし非日常が不断の生活の中に顔を出すことは滅多にない。「神話」はやはり遠い山の彼方にある。だが我々はその事実を許さずに、擬似的な祭りを次々と生産していく。
情報の過剰、文化の過剰、言語の過剰。しかしそれらは関係の多義性をつくり出すまでの力を得ることはない。全ては大衆消費社会の表層をすべり落ちていく。なぜなら、そこに神はいないからだ。
このような状況の中で我々は時間というものをどう自分自身に関係づけたらいいのか。床屋のフージーは時間を貯蓄することで怒りっぽい人間になった。そのことを笑うだけの余力が我々自身にあるのか。エンデのメッセージは「もっとゆっくり」と捉えることも可能だろう。
あるいは「固有時との対話」の可能性を残せというようにも考えられる。深層的な時間を生きることを、時代はどこまで許容するのであろうか。
我々の中を流れる共通の時間を否定することはできない。しかし垂直的な時間軸を自らの中にとりこんでいく力をつける必要がある。現代のスキゾ化した子供達にとって時間とは水平的なものなのだろうか。『モモ』では解決し死に絶えた〈灰色の男たち〉も現在、我々の町を閲歩しているに違いない。
ミヒャェル・エンデはある種の共通感覚として誰もが持ってはいるが、言語にはなかなかならなかった時間を、我々の前に提出した。内容の深さに比べてこの作品自体が持っている明るさはおそらくイタリアのローマを想定して書いたところからくる光の量に比例していると思われる。
事実、彼はローマの郊外に住み、そのドイツ的観念の世界と、イタリアの光とをうまく調和させている。またエンデと親しいドイツ文学者、子安美知子は映画『モモ』について次のような感想を示している。
十一歳の少女ラドスト・ボーケル(モモ)の好演と原作の意味に徹底的に忠実であろうとする製作者の姿勢は、あの稀有の文学『モモ』に寄せる私の年来の愛の思いを濁らせず、ふたたび熱いものにした。専門家が論じあう場としての映画なる分野では、どれほどの新味や技術を評価されうる作品なのか私には全くわからない。ただ素朴な観客にとって現代にこれほど清涼な映画が作られるということは、それだけで大きな感動なのである。
『モモ』という作品がなぜこれほどに大きく迎えられたのか解釈はさまざまにあろう。しかし社会主義の魅力の減退とともに、人間自身の感性の変化を待たなければ結局、社会も変化しないというある意味ではあたりまえの事実に我々が直面せざるを得なくなったこととも深い関係があると思われる。

Ⅳ 空想力と想像力

1979年、エンデが世に問うた『はてしない物語』は『モモ』の世界よりもさらに複雑な内容を持っている。それは現実と虚構がやがて一体化し、主人公は自分の作り出した世界から抜け出ることに坤吟するという大きなテーマを背景にし、中世の騎士物語的な冒険の要素もはらんでいる作品である。
「ファンタージェン国」と名づけられた非日常の空想世界には「虚無」がはびこり、それを救うものとして登場するのが「緑の肌族」の少年アトレーユである。やがて彼は『はてしない物語』という本を読んでいる現実のバスチアンにとってかわられ、病んだままの「幼ごころの君」に新しい名前をつけるという使命を負わされる。
すなわち女王に新しい名前=根源としての言葉を付加することで、ファンタージェンの滅亡は回避されるのである。「月の子(モンデンキント)」という名を与えられた幼ごころの君は一点のしみもない純白の絹をまとい、やわらかな光を浴びて美しい。
ここで考えなければならないことは、ファンタージェン国に集う虚無とは何かということである。無論ここにエンデの大きなメッセージがあることは当然だ。虚無、怖しい言葉である。おそらく現代という時代の持つエントロピーの増大と深い関わりを持っているだろう。今日の文明は廻り続ける以外に、その体系を維持することができない。何もかもむしばんでいく虚無が我々の周囲に横たわっているとしてもだ。
バスチアンはさまざまな物語を創造する。銀の都アマルガントには何の物語もない。彼がロにする言葉がその場で物語そのものになっていく。それは虚無と正確に反対の位置にある。「ことばを拒否する場所」「ちょっとわけのわからない」「説明のむずかしい」場所として登場する虚無を打ちくだくことができるのは、バスチアンの発する意味するものとしての言葉以外にはない。
しかし問題は無目的に言葉を紡いでいった彼が次第に自分の力を過信するあまり、権力への欲望を強めるところにある。
前へ進むことだけを宿命づけられたバスチアンはやがて幸いの龍フッフールともアトレーユとも仲たがいし、しまいには自分が戻っていくべき世界の回路さえも見失ってしまう。いわば海図のない航海を余儀なくされるのである。誘惑ははたして多い。
サイーデはバスチアンに幼ごころの君を集えと誘う。そして全ファンタージェンを自分のものにせよ、とそそのかす。友人アトレーユと幸いの龍フッフールとも訣別させて、バスチアンは次第に冷ややかな目をし、時に熱に犯されたようになる。
権力への野望はとどまるところを知らない。やがて帝王に即位すると宣言した時、彼は半ば狂人と化す。非常の時には使うようにと幼ごころの君に渡された秘密のメダル、アウリンを戻せと叫ぶアトレーユと闘う羽目に陥るのである。
「さあ、おしるしを渡したまえ、君自身のためなんだ。」「裏切りもの!」バスチアンはどなりかえした。「おまえはわたしがつくってやったんだぞ!何もかも、私がつくったんだ!」「きみは狂っている。」アトレーユは言った。「君は何一つつくっていない。みな幼ごころの君のおかげなのだ。さあ、アウリンをよこしたまえ!」
「取れるものなら取ってみろ!」バスチアンはいった。アトレーユはためらった。「バスチアン」かれはいった。「ぼくはきみを救おうとしているんだ。そのためにきみを打ち負かすようなことをどうしてばくにさせるのだ?」
しかし進むことを運命づけられたバスチアンはやがて敗北への道を歩む。かつて帝王になろうと目論んだ人々の住む廃墟と化した町を通り抜けた時、彼は突然「個」でありたい、あるがままの自分でありたいと願う。だが時は既に遅く、彼はあらゆる自分の記憶を失い、現実へ戻る方法が見えなくなってしまう。
子安美知子との対談の中でも明らかな通り、ミヒャエル・エンデが一番悩んだのは、どうやってバスチアンをファンタージェン国から「現実」の世界に戻すかということだった。全ての人間がいける訳ではない空想の世界は同時に出口を見い出すことが困難な風景でもあるのである。
ファンタージェンに確かなものや、不動のものを捜し出すことはできない。そこにあるのはたえず轟めくことを自己目的化した前進だけである。価値は失われ、言葉さえもが浮遊する。
としたら、救世はどのようにしてなされるのであろうか? 幼ごころの君は存在するものの自ら統治することはしない。彼女は名前とは裏腹にけっして幼ないこころの持ち主ではないのだ。
むしろその存在そのものが救世のための意思であるような表象。アウリンと呼ばれる不思議なメダルにも力はない。それは最終章で語られるように実は究極的にバスチアンが捜し求めていた出口ではあったのだが…‥。
しかしそれ以前に彼は生命の水への道をみつけられない者のためにあるという絵の採掘場を訪れる。見覚えのある絵をさがし出すために、バスチアンは地下深くへ降りていく。そこで見つけたものは薄い雲母の板に描かれた男の像であった。
透明な氷の塊に閉じこめられた男。それこそが自分自身の姿だったのである。その時から彼は自分の名前すら失ってしまう。しかし再生への糸口はまさにそこにあったのだ。全てを失ったところから復活する精神と肉体。
バスチアンは大急ぎで両手に生命の水をすくうと、その門に向かって走った。門の向こうは闇だった。バスチアンはその闇に飛びこみ虚無に落ちていった。
再生の瞬間である。しかし読者にとってもどかしいのは、なぜ幼ごころの君が援助の手を彼にさしのべないのかというところにある。その脱出への鍵を教えてあげたならば、バスチアンの苦しみは随分と軽いものになっただろうに。だが『はてしない物語』がすぐれて現代的なのはまさにこの無力な救世主のリアリティーにあるのかも知れない。
徹底して価値の体系をくずされてしまった世界の中で、ただ年齢を重ねる幼ごころの君。善悪、美醜の観念も彼女の前では力を持たない。しかしそれでは無意味な存在なのかといえば、そんなことはない。むしろ病んでいることで少年を自分の世界に引き入れ、無力であることで彼を再び実の世界へ戻した。
力の否定によってしか遂行されなかったこのドラマを、いわば無化された神としての立場から、じっと見守り続けたという事実は残る。
物語の理解を十全にするには理性だけでは足りない。そこにある近代の合理主義はむしろ嫌悪の対象ともなる。この文脈から考えた時、アウリンが突如光って浮きあがらせた言葉は納得するに足るものである。すなわちその言葉とは「汝の欲することをなせ」といういわば突き放した形での完全な自由の保証であった。理性のみならず感性をもふまえた自由。
しかし「汝の欲すること」を現代のモードの中で探り出すのは容易ではない。というより不可能に近いだろう。価値は常にダイナミスムの磁場を動く体系を得ようと努力した力はもろくもその体系に押しつぶされてしまう。良くも悪しくも今世紀はそういう時代ではないか。
「ファンタージェン」を現代の迷宮化した社会におきかえてもいい。寓話が事実として起こらないという確証はないのである。自己の存在証明の手がかりとして、この小説が多くの人に読まれている所以だろう。
かつてこの物語は映画化され「ネバー・エンディング・ストーリー」というタイトルで多くの人に楽しまれたが、エンデ自身は訴訟までして不満の意をあらわした。
物語全体の前半だけにかたよっているためか、バスチアンがいかにして空想の国から現実に戻るのか、という点については全く表現されていないことが不満足だったという。エンデが何を訴えたかったのか、という視点をはずしてしまったのでは『はてしない物語』の全体性が霧散してしまうといっても過言ではない。
空想という「内部」を縦横に歩いた人間だけが次の瞬間「外部」の現実に立ちむかえるのである。いやそれ以外に方法はないといっていい。すなわち、それこそが空想力と想像力の所産なのであ
る。

Ⅴ 鏡との対話

エンデは特に自己の想念をありのままに写しとろうとする作業に熱中した。彼ははっきりと自分自身のために書いている、と発言を繰り返しているのである。1984年に発表された『鏡のなかの鏡』には特にその傾向が強い。連作短編という形をとりながら、イメージはさらに次の章へのイメージに結びついている。いわば夢の形をとった作品である。
父エドガー・エンデに捧げられたこの著作には、父の絵が19枚おさめられ、独自の精神世界に生きた人間の横顔が見てとれる。
内容はシュールレアリスムの手法をふんだんに使ったためか、絵画的であり、カフカ的な実存主義の匂いさえも感じる。いわばカフカの『城』を自分の内部に象徴化した作品といえようか。
「証人が報告している、夜の草地に」では残忍な虐殺の命令を下す声と、暗闇の中にひろがる風の情景だけがうつしとられている。証人台に立った男は唯一生き残った自分の身体を見ながら、立ちつくすことしかできない。
多くの人間たちがゆわえつけられたロープはあまりの暗さのために一本だったのか、あるいはそれ以上だったのか見当さえもつかないのである。いや暗さのためだけではない。
風のざわめきが証人には「痛いいたい」と叫んでいるようにも聞こえ、「見よ見よ」とも聞こえる。実に象徴的な場面だ。自分自身の痛みも暗さの中にあって見ることができない男。見ることはそれ自体大きな罪なのだろうか?
あるいはいつやってくるかも知れない「ゴドー」を待っていた二人の男のように、疲れ寡黙になることが唯一の方法なのだろうか?
「婚礼の客は躍る炎でした」では、祝祭が文字通り炎の館の中で行われる。やがて屋根は溶け、階段はくずれていく。火の祝宴にのみこまれた城の行きつく先は消滅以外にはない。飽くことを知らない踊り手たちは自分の内側に沈み、生命の最後をみる。そして婚礼の終焉。
軽やかな朝の微風がまだ残っていて、白い煙の小旗をなめらかにひろがる平面上に吹き流していました。こうして婚礼は幕をとじたのです。私は同席していました。そしてあなたがたは私の言うことだけは信じることができるでしょう。あれは神の家での壮麗な祭りだったのです。
絵画的な文章である二事実、イメージは言葉の世界を超えている。炎の祝祭とは何か? 溶ける館とは? それらを一つ一つ精神分析的に分類していくことは可能かも知れない。しかしエンデはそういう恣意的な読み方を最も好まないようだ。むしろそのイメージの中にうつる自分をじっくりと見る方に重点を置いて欲しいと述べている。
しかしあえて分析を試みれば、時代閉塞の現状をそこに投影しない訳にはいかないだろう。新世紀を迎えた我々にとって、この時代が溶けて崩れ去る館であっては困る。核時代の想像力はつねに人間を沈黙に向かわせてしまうのだろうか。ある時は際限のない餞舌へか。
しかしその地点にあってもなお強固なものは、エンデのいう空想力の可能性に負っているのではなかろうか。鏡は全てをうつす。
その中に含みこまれる光景すらもが、次の鏡の中に無振空間的な装いを持ってひろがり続けるだろう。
「あらためて火ぶたが切られた」の中で独裁者は老人に向かってこう呟く。
「どこへ行く」と彼は声をしばり出し、ピストルを老人の顔に向ける。
老人は全てにノロノロと時間をかけるので、独裁者は焼けつくような喉に冷たく甘美な憎しみがのぼってくるのを覚えた。そのおかげで気が楽になった。それどころかありがたいとすら思った。冷たい理性にもとづく殺人に彼は疲れていた。
老人は独裁者に向かって子守歌をうたい、彼を裸のままていねいに裂けた地底の奥深くに寝かせる。その時、突然城は炎につつまれ焼け落ちる。象徴的な構図である。この章が何を意味するのかを早急に分析するのは避けたい。しかし理性にもとづく殺人に疲れた男の図は我々の近未来をも予感させる。
ミヒャエル・エンデがこのような形でカフカ的な世界を示したのはこれが初めてであった。
父の絵の中にある鏡のイメージは当然彼の自画像を強要したであろう。しかしそこに写し出されたものは驚くほど暗く、未来のない像である。それをそのままの形に済ましておくことは創造の仕事にたずさわる者であるなら不可能なはずである。どこかで反転への希望を支えてくれるものを捜し出していく必要がある。そのことを最も強く感じているのも他ならぬエンデ自身なのだ。

Ⅵ 戯曲の磁場

エンデは21才の時、オットー・ファルケンベルク学校へ俳優を目指して入学。その後ミュンへンでブレヒトの作品にも出演し、彼の演出をじかに見ている。いわば演劇の世界は彼にとって最も親しいといってもいい。
ブレヒトの方法論に疑問を感じて後、エンデはいくつかの作品を幸いた。『サーカス物語』『ゴッゴローリ伝説』『遺産相続ゲーム』などである。彼の劇にはよく弱者が登場する。『サーカス物語』では知恵おくれの女の子、ジジ。『ゴッゴローリ伝説』では悪戯者で大地の精であるゴッゴローリ。
彼は不死であるために来世の至福を得られないという悲劇を負っている。これは変形されたかたちでの弱者であるといえよう。なぜ弱い者なのか?
それはモモの場合でも同様のことだが、一つの弱者が反転する宇宙の中に溶けこんでいった時、最も強いものになりうるという、いわば〈周縁〉と〈中心〉との逆説をその中に含みこんでいるからであろう。弱い者だけが本当に世界を把握できるのだ、という論点は彼の多くの作品にみられる。むしろその豊鏡さに憧れさえ抱いているようにも感じられる。
『ゴッゴローリ伝説』では現実の人間の内部に忍びよってくる超自然的な力、土着の民俗信仰、変身をくりかえす妖精たち、そして形骸的な道徳となってしまったキリスト教。これらが渾然一体となって人間関係のありようが示されていく。若い恋人たちと牧師、それに両親の打算というテーマはしかしむしろ『遺産相続ゲーム』の中においてもっと著しくなる。
遺産の相続をめぐって多くの登場人物が示す欲望の渦。それが一つの悲喜劇となってひきおこされる終幕。通産相続などという事実があったのかどうかということさえ、最後にはわからなくなってしまう。エンデは作者ノートの中でこの劇のテーマをあらわしている。
人びとの連帯は利益が共通していると気がついた時に生じる。この意見には誰もがうなずくでしょう。意見がくいちがってくるのは、そのあとです。つまり利害が多種多様で、お互いに排除しあう場合に、そのどれを優先し、どれを従属させるのかが問題になった時に意見がくいちがってくる。つまり私たちが現代の世界の状況をながめたときに克服しがたい困難にぶつかっているのがわかるのです。
現代における遺産とは何か? その分け前にあずかるために我々はどのような行為を繰り返しているのか。登場人物は時に滑稽なほど醜い。それぞれに分割された遺書の一部を金を出してまで買取ろうとする男。ピストルをつきつけて、それを奪いとろうとする男。にせの遺書をつくって売ろうとする男。この館に集められた人間たちの姿はまさに現代の縮図であるといっていい。
そして最後は火だ。家が燃えていることがわかり、扉がどこにあるのかさえ見えなくなってから、人々ははじめて逃げ道のありかを真剣に考え始める。このやりとりの中で、女は遺産相続という事実さえもが虚構であったことに気づくのである。だがバベルの塔は次第に焼け落ちようとする。最後に放たれるエルスベトの言葉。
言葉を見つけ出すだけでいい。そうすればまたすべてを救うことができるのよ。
炎は広間を覆い、人々は消える。言葉は依然みつからないままだ。これは戯曲であると同時に一種のメッセージでもある。私はこのテーマを読みながら北村想の戯曲『寿歌』を連想した。核戦争が終わった後の焼け野原に生きる男と女は不思議なくらい明るい。その明るさは全てを突き抜けてしまった後に出現したものだ。
ミヒャエル・エンデの作品に通底する「ことば」への可能性、憧憬はやはりこの作品にも顔をのぞかせている。滅ぼすものから救出へ導く言葉とは何か。

Ⅶ シュタイナーとの関わり

エンデは彼自身何度も言っているようにむしろ不真面目なアントロポゾーフの一人でもある。ここで言う不真面目とは人智学の成果を自己流に練り直す中から真実のものを得ようとする態度であるといっていい。
ルドルフ.シュタイナーは個人の精神が家系や民族や国家などの共同体に従属していた時代を過去のものとみなし、むしろ個人的な自律を求めようとする態度をとった。そのことにエンデ自身も深い関心を示したのは当然のことであったろう。しかしヴァルドルフ学校に在学していた当時よりも、むしろ卒業してから後、彼の『一般人間学』や『社会問題の核心』を読んだことによる影響の方が強いようである。
私自身、エンデに興味を持ったきっかけは彼の小説よりも、むしろシュタイナー教育を受けた人間としての内面の変化に関心があったからだ。シュタイナー教育は今日、管理主義教育のアンチテーゼともなり、各国でその研究と実践がさかんになっているが、そこからどのような人間が生まれ育ちつつあるのか、というテーマが私をミヒャエル・エンデに向かわせたといってもよい。
そこで繰り広げられるオイリュトミーやフォルメンの実習、さらに芸術教育が人間の自発性をどう展開させるのかというポイントは実に面白い。
シュタイナーは社会の三層化を強く訴えた。すなわち人間の社会生活を精神の領域、経済の領域、法の領域に分け、それぞれが独自の機能を持つべきであるとしたのである。三つの営みはしかしそれぞれが有機的につながりあうことが必要であり、特にその中でも精神の領域においては倫理的想像力の豊かさが求められる。
倫理的想像力はその表象を実現するために知覚の一定の領域の中に割りこんでいかなければならず、それは既に存在している知覚そのものを変形させ、新しい形態を要求する。
いわば無意識部分の意識化とでも呼べようか。自然な形での脱皮を待つ人間。しかし脱皮に至る過程の中で意識は次第に目ざめ、変容していくのである。
この考え方は管理的教育、思考法と重なりあう場面を殆ど持たない。無論つめこみ式の方法と無縁なことはいうまでもない。そのような考え方を持つようになったエンデにとって、人間はたえず過去の自分を想像力の力で乗り越え、異化するものであるという認識は絶対のものであった。
関係の変化こそが人間を豊かにさせる。そしてそれを導くために有効なものはファンタジーであり、それを底から支える言葉であったのである。
今日、人智学は多くの人々をとりこみ、様々な運動が世界中のあちこちで展開されている。農場、病院、銀行、学校などという場が、シュタイナーの三層化理論を実現すべく、その方法論をさぐっている。、これらはいずれも大変興味あるテーマであり、エンデとは別の場所で語ることも可能であろう。
いずれにせよ、ルドルフ・シュタイナーの思想はエンデの作品の中に多くみてとれるのである。
彼の好きなシュタイナ-の『箴言集』にある言葉を引用しておこう。
あなたが自己を認識したければ、世界のなか、あらゆる周囲に目をそそぎなさい。あなたが世界を認識したければ、あなたのなか、自身の深みに目を向けなさい。
真の自己とは自分自身の外にある他との関係の中で明白になるというジュタイナーの考え方がよく出でいる。エンデ自身、世界が自分にさしだした手をつかむことが大切だと述べている。他者の中の自分、モモの姿がそこに浮かんではこないだろうか。
ミヒャエル・エンデの作品にはこの他に初期の、『ジム・ボタンと機関士ルーカス』や『ジム・ボタンと13人の海賊』などがあり、その他、絵本『がんばりやのかめトランキラ』『カスペルとぼうや』、『ゆめくい小人』などがある。しかしここでは彼の思想の中核をなすであろう作品だけを取り上げた。またここにあげた視点以外にも、彼が著しく関心を抱いている禅の思想との関係、あるいは中国の老荘思想との関係が考えられる。
いずれも「無」というものを究極の形として考察した点で、彼との関わりは深い。またエンデは常にファンタジーを最優先させてきたせいか、神秘主義的逃走家だというレッテルをはられることもある。その論点からの考察も可能であろう。
現代はあまりにも複雑である。その全てに有効な芸術が存在するとは思えない。それがあくまでも一つの光源であれば、それで十分なのではあるまいか。論理的な説明を続けることに対する奇妙な倦怠感、その根源にひそむ我々自身の不安をミヒャエル・エンデは空想力の中に飛翔させた。
それが人間にとって可能性を持つ未来像であれば、エンデを読む価値は十分にあるだろう。『オリーブの森で語りあう』の中で演劇人H・テヒルの発言のあとを受け、彼はこう語っている。
試みがうまくいかなくても、そのおかげで変化がもたらされるときみはいった。(中略)たしかに人類の歴史の99.9%は外側からみると失敗した試みだ。しかしそういう試みは、失敗にもかかわらず、いやまさしく失政だからこそいっそうずっと意味をもちつづけるんだ。だれもがうまくやりたいと思う。けれども外側からみて失敗だとしても、大きく人類の歴史からながめるなら、試みの価値と影響力は消えないわけだ。それはけっして否定できない。
数々の失敗をくりかえすことでバスチアンはファンタージェンから抜け出すことができた。我々の前に提出されている課題は広くて深い。その中にどのような糸口を見い出せばいいのかを、ミヒャエル・エンデは自身の体験を通して語ろうとした。それをどう生かすのかは、まさに我々自身の内側の問題である。

☆ 参考にしたものは数多いが、エンデの作品はほとんど岩波書店から刊行されている。
またシュタイナーについてのものは創林社、学陽書房、角川書店、中央公論社、人智学出版社、朝日カルチャーセンター(テープ)などを参照した。
子安美知子著『エンデと語る』(朝日新聞社)がある意味でつねに刺激になった。あわせて示しておきたい。

シェアする

フォローする