天人五衰

三島由紀夫が亡くなる9ヶ月前に行ったインタビューが、未発表のまま残っていたという記事がありました。彼はそのテープの中で自分の文学について語っているそうです。

「僕の文学の欠点は、小説の構成が劇的すぎることだと思う。ドラマティックでありすぎる。どうしても自分でやむをえない衝動なんですね。大きな川の流れのような小説は、僕には書けないんです」

この記事を読んでいて、彼が最後に書いた『豊饒の海』の最終巻『天人五衰』を思い出しました。確かに劇的に過ぎるストーリーです。しかし最後に主人公、松枝清顕の友人、本多繁邦が尼になったかつての清顕の恋人、綾倉聡子を訪ねる場面は秀逸でした。

「その松枝清顕さんという方はどういうお人やした」

聡子は今やこの尼寺の住職になっています。かつて激しく愛し合った清顕の存在を忘れたのではありません。そんなことは何もなかったと呟くのです。

月修寺という門跡寺院を訪れると、山門の前から白い蜆蝶が飛び立ちます。老いた本多は自分がただここを再訪するためにのみ、生きてきたのだと感じます。この寺はかつて聡子が清顕から姿をかくすために逃げた寺でもあり、ここで得度をしたのです。

山門の佇まいが描かれたこの最終章は実に味わい深いです。一期が夢であることを読者にいやおうなく悟らせる場面にもなっています。

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