最後だとわかっていたなら

コラム

3年の女生徒が今朝、この詩集を読んでくださいといって持ってきてくれました。
実に切ない詩ばかりです。
ノーマ・コーネット・マレックというアメリカの女性が、子供の死に際して綴ったものだそうです。

人間はいつだって明日のことを知りません。
明日が来るかどうかさえもわからないのです。
だから今日が最後だと知っていたら、もっとしてあげたかったことがたくさんあるに違いない。
人は後悔の連続の中を生き続けるのです。
その詩の一節に…。

若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

というのがありました。
だからこそ「一期一会」を大切にということもできます。
あるいは隣人愛とか、利他の思想とか。
共感、勇気、思いやり、優しさ。

言葉はいくらでも浮かぶものの、それを実行することのいかに難しいことか。
この詩集はニューヨークのテロ事件と関連づけられて、世界に広まったそうです。

生の一回性は厳粛なる事実です。
日々、今日が最後の一日だとしたらという覚悟が必要な所以でしょう。
みんな、わかってはいてもあとで後悔する。
それがまた人間の愛すべきところなのかもしれないのですけれど…。