君たちが知っておくべきこと 佐藤優 新潮社 2016年7月

副題に未来のエリートとの対話とあります。
これは灘高校の生徒と膝詰めで話し合った対話集とでもいったらいいのでしょうか。
ユニークな構成の本です。
筆者は一種の焦りを持ちながら、エリートと呼ばれる彼らに信頼をおこうと必死になっているように思えました。

日本では選良に与えられた義務という発想をあまり声高に語りません。
しかしヨーロッパではごく普通にノブレス・オブリージュという言葉を使います。
選ばれた人間は、とてつもなく強制された義務を、未来に負わなければならないという意味です。

灘高校の生徒達は必死になってこの作家に食いつき、そこから何かを得ようとします。
その真摯な態度がとてもいい。
歴史を中心にテーマが話し合われますが、政治、経済、さらには日々の振る舞いに至るまで内容は多岐にわたります。

筆者が歩んできた過去を少しでも能力のある、若い生徒達に話してあげようとする態度には共感しました。
むしろ、彼自身が生徒達に話すことで、インスパイアーされている側面も多々見受けられます。
今後、どうやって勉強を続けていったらいいのか。
何を信じて生きていけばいいのか。

できないことは約束をしないといったごく基本的な人生訓までを含めて、味わいのある本になっています。
学ぶことは己を知ることであり、絶望の淵に至らずにすむ、一つの方法なのかもしれません。
佐藤優の持つもっともやさしく素直な側面がよく出ています。
彼の語り口がとても印象的でした。

夫・車谷長吉 高橋順子 文藝春秋 2017年5月

夫・車谷長吉 高橋順子 文藝春秋 2017年5月

上梓されたばかりの本です。 通勤途中も読みふけってしまいました。 車谷長吉については、あちこちに書いた記憶があります。 彼の文体に惹かれ、何作も読みました。 やはり『赤目四十八瀧心中未遂』の持つ特異な風景は魅力的です。 その作家がどのようにして、詩人高橋順子と所帯を持つようになったかについては興味がありました。 自己韜晦と顕示欲の強い車谷の文章だけでは、本当のところが見えなかったか...

桜田門外ノ変 吉村昭 新潮社 2010年2月

桜田門外ノ変 吉村昭 新潮社 2010年2月

偶然の機会に恵まれて読了することができました。 『大黒屋光太夫』に続いて、職場の女性に貸していただきました。 吉村昭の小説はかつて『海も暮れきる』と『破獄』を読んだだけです。 そういう意味で、大変に貴重な時間でした。 視点はただ一つ。 水戸の下級藩士の家に生まれた関鉄之介の目を通して描かれた井伊暗殺の全貌です。 水戸学といえば、尊皇攘夷。 太平洋に面した広い海岸線を持っている土地...

N女の研究 中村安希 フィルムアート 2016年11月

N女の研究 中村安希 フィルムアート 2016年11月

N女という表現にとまどいました。 非営利法人に転職していく女性のことです。 それまでの報酬を捨て、高学歴の彼女たちがなぜ…。 民間セクターと行政セクターとの溝を埋めるため、つなぎ役になりたいとする彼女たちへのインタビューで全体が構成されています。 基本的に肩肘張らずにやっているのがいいなと思いました。 彼ら以前にNPOを立ち上げた世代の人たちとは明らかに違っています。 慈善団体から...

みかづき 森絵都 集英社 2016年10月

みかづき 森絵都 集英社 2016年10月

長編です。小説すばるに足かけ3年連載したものをまとめたものです。 文学的な香気というものからはやや遠いものの、多くの読者を得られるだろうと思います。 それは内容がまさに現代の教育の実情をえぐっているからです。 塾というものの草創期から今日までの様子が伏線です。 ストーリーの根幹をなすのは大島一族のそれぞれの物語。 家族というものがどのような内実を含んでいるのかということが中心です...

脊梁山脈 乙川優三郎 新潮社 2013年4月

脊梁山脈 乙川優三郎 新潮社 2013年4月

復員兵である主人公の心の軌跡とでもいったらいいのかもしれません。読後感がこれだけ爽やかな小説は久しぶりです。しかしそれはけっして明るいものではないのです。主人公に絡む2人の女性。一人は奔放な画家であり、もう一人は芸者です。 伏線には木地師と呼ばれる人々との出会いがあり、どこへ読者を連れていこうとしているのか、最初はとまどうばかりでした。 しかし読み進むにつれ、戦争の焼け跡からどのようにして自我...

知の読書術 佐藤優 集英社 2014年8月

知の読書術 佐藤優 集英社 2014年8月

2年前、ロシアがクリミアを併合した時に書かれた本です。 佐藤優は今も精力的に本を書いています。 どれもが時代を読み取ろうとする熱心な読者に支えられているのです。 時代はますます複雑になっています。 ロシアも中国も帝国主義的な姿勢を崩していません。 その一方でアメリカの混迷もみてとれます。 ポピュリズムの嵐もすさまじいものがあります。 ウェストファリア条約以降、国民国家の概念が...

七つの会議 池井戸潤  日本経済新聞出版社 2012年11月

七つの会議 池井戸潤 日本経済新聞出版社 2012年11月

数年前からこの作家の本を読み始めました。経済と人間との絡み合いに興味を持ったからです。半沢直樹シリーズの評判は聞いていました。 後に作品を読み、興味を持ったことも事実です。銀行という組織の持つ非人間性がこれでもかと描かれていました。しかし会社という組織には多かれ少なかれ、似たような側面があります。 それが金融機関という一番冷徹な場面で表現されたに違いありません。 その後は人間ドラマの方にむし...

お能 老木の花 白洲正子 講談社 2007年4月

お能 老木の花 白洲正子 講談社 2007年4月

筆者が二代目梅若実について能を習い始めたのは4歳の時でした。それからずっと能に親しみ、多くの舞台に出ています。その当人が書いたエッセイだけに、リアリティに満ちています。 実際に舞った人だけにしか書けない内容です。お能の見方や、幽玄、装束、面などについて独自の視点から、彼女の見識を披露しています。 難しい言葉は一切ありません。それだけでもすごいことです。読んでいても思わずうならされるところばかりです...

あこがれ 川上未映子 新潮社 2015年10月

あこがれ 川上未映子 新潮社 2015年10月

小説を集中的に読みたくなりました。殊に今まであまり読んでいなかった女性作家の作品を選んでいます。 この人のものは初めてでした。 読後感が爽やかです。小学校4年から6年生にかけての男女ふたりの心理描写が中心です。 どちらもそれぞれの父親と母親を早くに失い、その分だけ、大人の世界に対する視点も確かなものになっています。 第一章の「ミス・アイスサンドイッチ」と第二章の「苺ジャムから苺をひけば」の間には発...