坂本一亀とその時代 田邊園子 作品社 2003年6月

副題に「伝説の編集者」とあります。まさに坂本一亀は従来にないタイプの編集者でした。彼が河出書房にいる間、発掘した作家の名前をあげれば、そのことがよくわかるはずです。
三島由紀夫『仮面の告白』、小田実『何でも見てやろう』、高橋和巳『悲の器』、黒井千次『時間』、埴谷雄高『闇の中の黒い馬』、井上光晴『地の群れ』、辻邦生『夏の砦』、野間宏『青年の環』、丸谷才一『笹まくら』、水上勉『飢餓海峡』、山崎正和『世阿弥』。
なかでも野間宏『青年の環』8000枚は生活費まで全てを河出で面倒を見た末、6年間を費やした仕事の総決算でした。
彼がした仕事はこれだけではありません。それらを一つ一つ列挙していたらきりがありません。全く無名の作家の作品を丹念に読み、それを全て自分の目と感性で育て上げました。
戦後の命は余生だと信じ、全てを文学の未来に捧げたのです。そのため、田邊さんのような部下は、さんざんな目にあったと述懐しています。
仕事の厳しさは想像を絶するものだったといいます。ほとんど休むこともなく、ただ活字に埋もれ、次代を担う作家の発掘につとめました。
雑誌『文藝』は大手出版社で扱わないたくさんの新人を発掘したのです。作家とは小説のことになるととっくみあいの喧嘩までしました。井上光晴は坂本のことを愛着をこめて、「ワンカメ」と呼んでいたといいます。『地の群れ』のタイトルをめぐっては最後まで互いに自分の主張を譲りませんでした。
辻邦生のように3度も4度も書き直しを命じられた人もいます。それでも温かい彼の視線の中にいると、みな喜びを感じたといいます。
河出書房は強い使命感を持った社長、河出孝雄により経営に邁進しましたが、時代の流れには勝てず、ついに倒産してしまいます。
坂本はその後、構想社をつくり、やがて引退をします。
音楽家、坂本龍一は彼の一人息子です。どうしても生きているうちに父親の本を書いて欲しいと著者に頼んだといいます。何も言わずに父の生き様を見て、尊敬していたに違いありません。
龍一がピアノの練習をしていると、よくうるさいと怒鳴ったというエピソードもあります。
彼のような編集者がいなくなった現在、坂本は伝説の人物になりました。本当に文学が好きだった人間の横顔が、これほど見事に書かれた本はありません。
システムの優先する時代になった今、懐かしさだけがこみあげてきます。

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