脊梁山脈 乙川優三郎 新潮社 2013年4月

復員兵である主人公の心の軌跡とでもいったらいいのかもしれません。読後感がこれだけ爽やかな小説は久しぶりです。しかしそれはけっして明るいものではないのです。主人公に絡む2人の女性。一人は奔放な画家であり、もう一人は芸者です。
伏線には木地師と呼ばれる人々との出会いがあり、どこへ読者を連れていこうとしているのか、最初はとまどうばかりでした。
しかし読み進むにつれ、戦争の焼け跡からどのようにして自我を掘り出し、再構築していくのかという重いテーマをつきつけられます。
かなり専門的な内容の部分もありますが、ハイライトは2人の女性との交感でしょう。我慢をし続ける多希子という女性はどこか川端康成の小説『雪国』の駒子を連想させます。また一方で自分を投げ出してやまない、画家佳江の風貌はまさに杳としてとらえどころがありません。
いずれも大変魅力に富んだ人物として描かれています。
この作家の筆力は並々のものではない。読者は正確な描写と言葉遣いに翻弄され、そのまま彼の世界に同化する喜びを得られるのです。
復員電車の中で世話になり、どうしても再会を果たしたかった男との場面も胸をうつものがあります。そしてついに自分の妻として引き取ることにきめた多希子の決意もみごとです。
彼の現代小説を読んだのはこれで2作目ですが、その力には脱帽せざるを得ませんでした。
これから他の作品にもあたってみたいと思います。

シェアする

フォローする