夫・車谷長吉 高橋順子 文藝春秋 2017年5月

上梓されたばかりの本です。
通勤途中も読みふけってしまいました。
車谷長吉については、あちこちに書いた記憶があります。
彼の文体に惹かれ、何作も読みました。

やはり『赤目四十八心中未遂』の持つ特異な風景は魅力的です。
その作家がどのようにして、詩人高橋順子と所帯を持つようになったかについては興味がありました。
自己韜晦と顕示欲の強い車谷の文章だけでは、本当のところが見えなかったからです。

絵手紙から始まる書き出しが新鮮です。
柔らかい感性のひらめきがみてとれます。
しかしいったん具合が悪くなると、突然他者を攻撃する。
そして関係が壊れていく。

作家の業とでもいえばいえるのかもしれません。
神経を病み、精神科医にみてもらいながら、それでも小説を書きます。
これで受賞できると確信した『漂流物』で芥川賞を逃しました。
内容が、たまたまその時節にあわなかったということもあるかもしれません。

次に『鹽壺の匙』脱稿。
さらにその後、新潮社に渡していた原稿を取り返して、さらに文章を重ね、文藝春秋へ『赤目…』の完成稿を持ち込みます。
このあたりで完全に神経症となり、手を洗い続けるという奇癖が出ます。
自分で蛇口がとめられないのです。

足の裏に「付喪神」がついたと自分の足が踏んだ畳や廊下を拭くようにもなりました。
小説と現実の境が見えなくなっていたのでしょう。
しかしこの作品が結局彼の名前を一躍有名にしたのです。
だからといって精神が安定したわけではありません。

救いは二人で地球を半周するピースボートの旅をしたことと、四国巡礼ではないでしょうか。
この部分の記述は実に穏やかです。
しかし私小説作家は周囲の人間との軋轢の中で生きていかなければなりません。
名誉毀損で訴えられたこともありました。
親戚との義絶に近い関係などもあったのです。

最後は自殺をするのではないかと、高橋順子は随分心配したとあります。
脳梗塞以後、身体が次第に衰弱し、入眠剤をのんでも眠れず疲労がたまりました。
死因は誤嚥性窒息死。
解凍した生のイカを丸のまま呑み込んでしまったのです。
作家の死は実にあっけなく、壮絶そのものでした。

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