身体的物語論 蜷川幸雄 徳間書店 2018年5月

蜷川幸雄が亡くなって2年。
歳月の過ぎ去るのは早いものです。

彼はどういう演出家だったのか。
いつも時代の匂いを嗅ぎまわっている人でした。
Tシャツ1枚になっても、汗をかいていた
そういう意味で、静かな演劇をつねに標榜した平田オリザとは対極をなすのかもしれません。

亡くなる前に行ったインタビューが冒頭の部分です。
もう満足に動けない。
それでも意識だけは舞台、客席を自在に移動できると彼は述懐します。
さぞや、もどかしい日々だったに違いありません。

しかし全体をみて取ろうとするとぎすまされた意識は尋常のものではないです。
それはこのインタビューを読んでみればすぐにわかる。
つねに時代の風の中にいなければ、と自戒をこめて生きていたような気がします。
それが全てだったのかもしれません。

後半の章でハムレットの死後、王になるフォーティンブラスについて編者、木俣冬のまとめた文章が大変に興味深いです。
年老いた人の劇団、若者の劇団、プロの俳優の中を右往左往しながら、つねに新しい役者を探していたのです。
どんなフォーティンブラスが次の世紀を担いうるのか。

新しい感覚を持った資質のある人間はどこにいるのか。
その発声はどうであるべきなのか。
大声で叫べばいいわけではありません。
聞こえないくらいの囁き声を要求したこともありました。

今までに鈴木忠志、つかこうへい、蜷川幸雄などの芝居を見ながら、たくさんのことを学んできました。
演劇はどこへ向かっていくのか。
状況をひりひりと嗅ぎ取るタイプの演出家は、不条理すら資本の論理に組み込もうとする時代の圧力にどう抗っていくのでしょう。

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