人間の条件 立岩真也 理論社 2010年8月

人間の条件 立岩真也 理論社 2010年8月

 著者の本をはじめて読みました。社会学者ですが、その切り口は通常のそれではなく、生存学とでも呼べるものです。 発想の基本は能力主義を根本原則とする社会に対しての疑問です。つまりできる人間はその対価として、財を得てよいのかということです。ここでいう「できる」というのはあらゆることに対する能力をさします。 計算能力しかり、技術、言語、身体能力、IT技術…。およそ人間が扱う能力に差があるという紛れもない...

いつも旅のなか 角田光代 アクセスパブリッシング 2005年5月

いつも旅のなか 角田光代 アクセスパブリッシング 2005年5月

 旅行記というのはだいたいが自己満足に終わってしまうものです。そこによほどの共感を呼ぶだけの質がなければ、読み飛ばされるだけです。 読むに値するという数少ないものの中には司馬遼太郎の『街道を行く』なども入るでしょう。あるいは沢木耕太郎の『深夜特急』も入るかもしれません。すなわち、そこに人間そのものがいて、その目の確かさと同様に書いている作家そのものが真実揺さぶられていなければならないのです。 柵の...

奇貨居くべし 宮城谷昌光 文藝春秋 2004年4月

奇貨居くべし 宮城谷昌光 文藝春秋 2004年4月

 全5巻をやっと読み終わりました。『呂氏春秋』を編纂した人として、また始皇帝の父ではないかと言われている男の生き様を描いた本です。 著者の本はこれで何冊目にあたるのでしょうか。春秋戦国時代に生きた人々を描かせたら、宮城谷の右に出る人はいないでしょう。大変な勉強家です。それが筆のあちこちにさりげなく滲み出ています。 読者の中には教訓臭を感じ取る人もいるといいます。しかしそれが時に心地よいのです。なる...

海炭市叙景 佐藤泰志 小学館 2011年2月

海炭市叙景 佐藤泰志 小学館 2011年2月

彼の『移動動物園』という小説を以前に読んだことがあります。その時の印象を残念なことに今思い出すことができません。 しかしこの海炭市という不思議な名前を持つ町を題材にした小説には心惹かれました。 一口に言えば、これは小説の体裁をした詩だろうと思います。一つ一つの話は誠に短く、そこで語られている内容は地球上のどこにでも起こる、ごくささいな事柄ばかりです。 作品では男、女、親子、兄弟の間に次々と日常の風...

清冽 茨木のり子の肖像 後藤正治 中央公論 2010年11月

清冽 茨木のり子の肖像 後藤正治 中央公論 2010年11月

 いい本に出会えました。詩人茨木のり子の横顔を縦横に描いています。詩集『倚りかからず』は彼女の代表作となりました。73才の時の詩集です。 もはや できあいの思想には倚りかかりたくない もはや できあいの宗教には倚りかかりたくない もはや できあいの学問には倚りかかりたくない もはや いかなる権威にも倚りかかりたくはない ながく生きて 心底学んだのはそれぐらい じぶんの耳目 じぶんの二本足のみで立...

茜色の空 辻井喬 文藝春秋 2010年3月

茜色の空 辻井喬 文藝春秋 2010年3月

 以前途中まで読み進めましたが、その時はなぜか挫折してしまいました。今回なんとしても読もうと決心して、再度挑戦しました。なぜ、大平正芳なのかということが、前回は自分の中で噛み砕けませんでした。 今回じっくりと読み味わいながら、筆者が彼の生き様の中に何を見ようとしたのかを少しだけ垣間見た気がしています。 一言でいえば、政争の中を生きた政治家というより、人間大平正芳の持つ誠実で人徳のある側面にスポット...

阿呆者 車谷長吉 新書館 2009年3月

阿呆者 車谷長吉 新書館 2009年3月

 車谷長吉は不思議な作家です。自分というものをあくまでも客観的に突き放す目を持ちながら、しかしそのことに諦念を抱いてもいません。つまり死ぬその日まで、だらだらと生きていく自分というものの存在を認めています。だから読んでいて疲れません。 なるほど、この人のいう通りだと感心させられます。私小説家というものが今も生きられるとしたら、この人のような形以外にはないのかもしれません。それくらい腑抜けの自分を知...

空気と世間 鴻上尚史 講談社 2009年7月

空気と世間 鴻上尚史 講談社 2009年7月

 タイトルがユニークです。昨今の空気重視路線と、少し以前の世間至上主義とを比べた点も大変独創的だと思いました。 なぜこれほどに日本人は空気を読めと声高に叫ぶのでしょうか。あるいは世間という表現とどこが違うのでしょうか。その差異を明らかにしようとした試みがこの本なのです。 空気は序列から発生すると最初に鴻上は述べています。お笑い芸人が10人いれば、その一番トップにいる人が、どのような笑いを望んでいる...

こういう了見 古今亭菊之丞 WAVE出版 2010年11月

こういう了見 古今亭菊之丞 WAVE出版 2010年11月

 今年はたくさん落語関係の本を読みました。図書館の棚に並んでいる本はほぼ読破したような気がします。芸談を中心としたものはやはり奥が深く、読んでいてもなるほどと思わされるものが多かったです。 さて今年最後になって「了見」という言葉をタイトルにした本を2冊読みました。一つは『落語家の了見』浜美雪著ともう一冊がこの本です。 正直な感想を言えば、ここまで書いてしまっていいのかということでした。今まで読んで...

桶屋一代江戸を復元する 三浦宏 筑摩書房 2002年9月

桶屋一代江戸を復元する 三浦宏 筑摩書房 2002年9月

 面白い本です。全編が話し言葉で構成されています。檜細工師の子供に生まれ、自らも風呂桶製作者としてあらゆる江戸期の家屋や生活道具を再現してきました。 その深い識見には驚かされます。かつての長屋の風情や吉原、風呂屋、床屋などの様子がみごとに再現されています。湯屋の内部の様子などを詳しく知ることができ、大変いい勉強になりました。 特に二階の構造など見たこともなかったので、なるほどここが噺の舞台になるの...