一人真打その後

春風亭一之輔が真打になったのはついこの前のことです。
21人抜きでの大抜擢でした。
それからの活躍ぶりは見事という他はありません。
昇進披露は去年の3月でした。

10日間ごとの各寄席で300席を埋めるというのは並々のことではありません。
それが50日間も続くのです。
準備の慌ただしさは容易に想像できます。
引き出物、扇子千本、手拭い千五百本。
仕事は二つ目だった最後の年も616席こなしました。

今も一之輔の独演会はすぐに売り切れてしまいます。
なぜここまで人気があるのか。
シニカルな口調、声のトーン、現代感覚に裏打ちされたギャグ。
3人の姉たちに囲まれて、末っ子の甘え方をしっかりと身につけたというのも一つの見方かもしれません。
千葉県野田の環境と醤油会社に勤めていた父親の実直さ、母親のやさしさが彼を培ったのでしょうか。
春風亭一朝に弟子入りする時も、新宿末廣亭で師匠の出待ちをしたそうです。
あまりの緊張感から7日間声を掛けられなかったとか。

あるインタビューで彼はこんなことを言っています。
ここに一之輔の落語観がよく出ています。

登場人物たちをちょっと上から見ている感じです。どっぷり入ってしまうと落語はダメだと思います。
自分が演じてはいても、それを第三者的に見ている自分がいて「こうやれ」と指示しているような、そういう部分がないと、お客さんに噺の面白さは伝わらないですから。

先輩の落語家の前座で使ってもらう時は、お客さんの心をつかんでやろう、後から登場する主役を食ってやろうという気持ちで高座に上がっていました。

私は正面からどんと構えてやるというよりは、登場人物の中でも端役的存在が好きだし、ツッコミ役のモノの見方をちょっとシニカルに変えてみたりするのも好きなので、よくそうしています。そうすると新たな視点が生まれ、今までにない古典落語になるような気がします。

やり方もその日のお客さんによって変えます。例えば「粗忽の釘」をやろうと思って高座に上がりますよね。まくらを振って「今日はお客さんの笑いがポンと返ってこないな」と思ったら、噺の導入の夫婦の会話は、なるべく丁寧にゆったり聞かせるようにしてエキセントリックな演出はしません。
その後「分かってきてくれたな」と感じたら、本来の自分がやりたい要素をガーッと出していきます。

芸術は狂気と紙一重のところで成り立っていると最近よく思います。
一之輔の落語には明らかに狂気があります。それが心地よい。
逆にいえば、そこまで辿り着けない噺家は、やがてルーティンワークの中に安住の地を探して行く以外にないのではないでしょうか。
新作も狂気の種が宿っているうちは生きていますが、しばらくして、いわゆる生(しょう)が抜ければ命はなくなるに違いありません。
古典といわれているものも、そこに常に新しい命を吹き込まない限り、長く残ることはないでしょう。
人間を描くということは、おそらく誰もが宿している狂気をどう表現するかにかかっていると思われます。

情報化の波はとどまるところを知りません。
その中を生き抜くには、噺家にもよほどの時代感覚が必要でしょう。
スピード、センス。さらにいえば、人間への慈愛。そうしたものがさまざまに溶け合って構成された時、一人の噺家の誕生をみるのではないでしょうか。
それ以前に学ぶべき、間や仕草などは、噺家の生きざま、覚悟そのものだと思います。
一之輔もとにかく目標をということで、月に一席づつ身につけていったといいます。
マスコミの怖さをよく知っていた小三治会長だからこその抜擢だったとも言えます。
メディアに身をさらしながら、さらに精進を積む。この難行を経た人だけが、次の時代を支える噺家になれるのです。

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