落語の国の精神分析

面白い本だ。みすず書房から出ているというあたりが、この本のポイントか。
筆者は精神分析を専門にしている医者である。
自分でも落語をやっているとか。
その会のタイトルがなんと「寝床落語会」。
ぼくの入れていただいてる落語の会と同じというのにも驚いた。

本書で取り上げているのは、「らくだ」「芝浜」「よかちょろ」「文七元結」「粗忽長屋」「居残り佐平冶」「明烏」「寝床」。
それといくつかの与太郎噺。
一つ一つ書いていると、キリがないけれど、それぞれに読ませる。
らくだは死体というものとどう向き合うかという論点。
芝浜はアルコール依存症からの脱却が可能かどうかという視点。
よかちょろでは漱石の坊ちゃんとお清の関係が登場する。誰にも受け入れられない坊ちゃんに気の毒な人として最後まで愛情を傾けるばあやのお清。
よかちょろの若旦那には、お清にかわる登場人物が存在しない。
世間をよく知っている番頭によって、この噺は後半、山崎屋へと突入する。

文七元結では50両の金を文七に投げつける長兵衛の心理状態にスポットがあてられる。
どんなことがあっても家族が自殺することはないという確信がどこからきているかについて、解説している。
寝床にいたっては幼児性を抱き、必死に生きていこうとする旦那をなだめながら、「致命的な義太夫」と対峙する長屋の住人の心理状態が主眼だ。

筆者は粗忽長屋を主観長屋にかえた立川談志をかなり追いかけたようで、あちこちに彼に対するオマージュがちりばめられている。
談志の居残り左平治では結核であったという悲しい現実を述べることもないことに快哉を叫んでいる。
なんとなく居残りになってしまったという、人生の不思議さに強く踏み込んだ談志の解釈が好きなようだ。

最後に談春との対談も載せていて、なかなかのサービスぶりである。
精神分析医という仕事が、実に地味なものであるということもよくわかった。
60歳を前にして始めたという年2回の落語会も100人前後の客で推移しているという。
聞く人はいても、実際にやろうという人はそれほど多くはない。
数人の仲間で細々と続けているというその熱意に、拍手を送りたくなった。

全く、世の中にはいろんな人がいるものである。

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