食べられるのか…

落語家800人の時代です。
江戸時代以来最大の数になりました。
そんなに噺家が必要なのでしょうか。
落語を語る席があるのかどうか。

東京の落語家数は545人。そのうち真打は352人です。
全体の65%が真打という実にいびつな構造になっています。
もちろん、寄席に出られるのはわずかな一握りの師匠方だけ。
入門してから5年ほどたってやっとなれる二つ目にはほとんど出番などありません。

前座の頃は師匠の落語会のお手伝いなどに行けば、小遣いをもらえました。
しかし二つ目にはそれもありません。
自分でご贔屓をさがし、落語会を開かなければなりません。
昨今人気の芸術協会の若手は成金というユニットを組んで活躍しています。

しかし寄席にでられたからといって、それで生活が成り立つというものではないのです。
ワリ制度というもので、基本的にお客の数に入場料をかけ、そこから自分の取り分をもらいます。
多くて数千円、少なくて千円といったところでしょうか。
交通費はさて…。

それでも芸人は寄席に出たいのです。
そこが生の修行の道場だからでしょう。
お客様に蹴られて、アウェイの悲哀を胸に刻む。
自分の芸が本当に認められた時の幸福感を味わう。

寄席を大切にする噺家は伸びると言います。
まさにそこにこそ、芸人の矜恃があるに違いありません。
権太楼、一之輔などは寄席への出演回数が多い噺家だとよくいわれます。
しかしそうはいっても生活はしなくてはなりません。

仕方がないので、地方への営業や、ホール落語、独演会など、あらゆる機会を探します。
新真打と呼ばれる15年以上の経験者が次々と生まれていきます。
真打になってはみたものの、はてどれくらい仕事があるのか。
全てが未知数です。

一方では笑点に出ている師匠方のように途方もないギャラを手にする噺家もいます。
しかし笑点にでるのは、海の底からダイヤモンドを探すのと同じくらいに難しい。
それでもやめないのは、やはりこの芸に大きな魅力があるからでしょう。
噺が好きでなくてはやっていられません。
いつかきちんとした落語が出来、人気が出れば、と夢を追いかけます。

逆ピラミッドの真打システム。
今後どのように変化していくのでしょうか。
漫才と違い師匠に弟子入りしなければ噺家にはなれません。
そこだけが最後の生命線なのかもしれないのですが…。

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