おこわにかける

脂肪や糖やを抑える青汁



名作、「居残り左平次」のサゲに出てくる 「おこわにかける」という表現は古い江戸言葉で、すでに明治末年には死語になっていたようです。
語源は「おおこわい」で、人を陥れるという意味です。それを赤飯のおこわと掛けたものですが、もちろん今では通じません。
それだけに噺家はこのサゲに向けて、どう噺を展開すればいいのか、大変苦労しているのが実情です。談志は「あんな奴にウラを返されたら、後が恐い」とするなど工夫をしていました。

「居残り左平次」は品川の女郎屋で、友達を引き連れて遊んだ末の主人公の行状を描いた落語です。最後に左平次の正体を知り、呆れて店に帰った使用人が、一部始終を報告をすると、主人も驚いて、
「どこまで人をおこわにかけるんだろう」
「そりゃあなたの頭がゴマ塩ですから」というところで、この噺は終わります。

昨日、志ん輔師匠のブログを読んでいたら、ちょうどこのサゲに関する記事が目にとまりました。そのまま引用してみます。

20時40分「居残り佐平次」は最悪の結果となった。
そもそもサゲの説明をマクラでやったことが誤算だった。
それまでは色々な方法、例えば噺の中でサゲの説明をする。例えばいっそサゲを変えてしまう。等々だが噺の中で説明してもお客様はなかなか気付かないことが分かっていたし、サゲを変えてしまうとサゲだけが際立って噺全体のバランスが崩れてしまう。
どれもが帯に短し襷に長しのような気がしてマクラで説明してしまうという味も素っ気もない手段が最良とは言わないまでもお客様に親切な、それでいて無難な方法なのかも知れないと思ったからだ。それが誤算に繋がった。
落語研究会のお客様には大きなお世話だったのかも知れないと感じた瞬間「鳴呼!私はなんてことをしてしまったんだ」と感じてしまって、そこからはもう雪崩のように崩れ落ちてしまった。いや、なんとか建て直そうとしながら落ちながらの繰り返しだったのかも知れない。
大きな敗北感に身体を包まれた私は逃げるように会場を後にした。

落語研究会は国立劇場で行われる大変格式の高い落語会です。
TBSが後援し続け、その様子はテレビでも放映されています。
この落語会に出られるというのが噺家にとっては一つのステータスでもあるのです。
当然ながら、聴衆はかなりの通人揃いとみて差し支えないでしょう。
相当に落語を聞き込んだ人たちばかりなのです。
それだけに志ん輔師匠の味わった苦痛も、また人並み以上のものであったと推察されます。

落語は生きているというのが実感です。ちょっとした間の違いが会場の雰囲気を大きくかえます。
ベテランの師匠でもちょっとした入り方のミスで、大きな穴をあけてしまうのです。
これはライブであるが故の苦しみかもしれません。どこかでその苦痛を和らげなければと焦ることもあるでしょう。
実際、何度か高座に出させていただいている身としては、実によくわかります。
リベンジを果たしたくても、その場がすぐにやってこないというもどかしさもあるのではないのでしょうか。こういう試練に耐えて、おそらく真の名人になっていくのに違いないのです。それにしても、落語は難しいものだとしみじみ感じます。

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