怪談噺

脂肪や糖やを抑える青汁



いよいよ怪談噺の季節になります。
元々落語は滑稽噺が中心ですが、江戸では人情噺も盛んでした。
そこへ顔を出したのが怪談噺というわけです。
いわゆる怖いもの見たさというところかもしれません。

高座に背景を用意し、音曲を入れたり、小道具や照明などを使うものもあります。
素噺と呼ばれる語りだけの落語が中心ですが、林家正蔵、正雀のような大道具仕立ての特異な芝居噺もあります。

名人三遊亭圓朝は怪談噺を次々とつくりました。
『怪談牡丹灯籠』『死神』『真景累ヶ淵』『怪談乳房榎』などです。
場内を少し暗くし、両端に大きめのろうそくを2本立てるというのが基本的な高座の形です。
あとはその時に応じて火の玉を出したり、幽霊に扮した前座が客席に突然登場するなどということもありました。
しかし基本はあくまでも語りにあります。

長いものになると、10日間くらい毎晩続けて口演をするなどということもあったようです。
夕食の後、近くにあった寄席に行って噺を聞くなどという風景がごく当たり前の時代でした。

現在では桂歌丸が熱心に怪談を自家薬籠中のものにしています。
長い噺をまとめて、自分の形にするべく奮闘し続けているというところでしょうか。
歌丸が圓朝作品のとりこになったきっかけは、「TBS落語研究会」の白井良幹プロデューサーから、『怪談牡丹燈籠』の後半「栗橋宿」の口演を薦められたことにあるようです。
彼の著書『恩返し』 『座布団一枚』にその時の様子が載っています。
歌丸にとって、怪談噺への挑戦は、それまでの芸風を大きくかえるエポックメークでもあったのです。
彼はその後『真景累ヶ淵』にも挑戦し、今では夏の国立演芸場の定番になっています。

実際に噺を稽古してみて難しいのは、噺の糸が幾重にも重なっているところです。
敵討ちと男女の愛情を、一つの噺に織り込んであったりするので、全てを語るということが大変なのです。
そこで現在では、それぞれを別の枠組みの中で構成しなおしたものが多いようです。
また登場人物の名前、性格、場所、着ているものの詳細、小道具など、ディテールにこだわらなければならないところも、他の噺より格段に神経を使います。

それでもうまくいくと、なんともいえない心地よさがあり、ここいらが怪談噺の醍醐味かもしれません。
怖い噺を聞きたがる聴衆がいる限り、なくなることはないと思います。
講談のように全て地の語りで進めるわけではないので、落語の方がかなり自由度が高いようです。

ここにあげた以外にも『菊江の仏壇(白ざつま)』など他にもたくさん噺はありますが、圓朝の創作したものが群を抜いていると思われます。
登場人物の性格づけなど、実に見事なものです。

ところで、しばらく稽古をしていないと、すぐに登場人物の名前までがあやしくなってしまいます。
それだけにつねに繰り返して稽古しなければならないタイプの噺であることは言うまでもありません。
ちなみに『お露と新三郎ーお札はがし』『怪談乳房榎』『死神』まではなんとか手をつけましたが、道は遠く果てしないままです。
圓生の語ったものは、全て河出文庫に入っています。
こういう過去の資産がなければ、とても稽古をすることはできないでしょう。
本当にありがたい話です。

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